7年に及ぶマラソン交渉の末に合意するかに見えた世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉(ドーハラウンド)が農産品の緊急輸入制限を巡るアメリカと中国・インドの対立で暗転、7月29日、決裂するに至った。
日本は、関税削減率などで例外扱いが認められる「重要品目」について、全関税品目に占める割合で8%の死守を掲げていたが、WTOのラミー事務局長が「原則4%、追加の譲歩付きで6%」とする裁定案を提示。他に味方する国もなく妥協せざるを得ない状況に追い込まれていた。それだけに、合意に至らず、ほっと胸をなでおろした政府関係者は多いことだろう。
かくいう筆者も今回の閣僚会合で農業交渉がまとまらなかったことに、“別の意味”でほっとした。率直に言えば、筆者は、例外扱いの重要品目の拡充を主張する日本政府の交渉姿勢は国益を損なうと考えていたからだ。
詳しくは後述するが、供給過剰時の低い国際価格を想定した関税による保護政策を続けていては、39%を切った日本の食料自給率はさらに低下しかねない。需給逼迫を背景に国際価格が上がり、内外価格差が縮小した今、日本の農業は輸出によって縮小から拡大へと移行すべきなのだ。コメを「重要品目」に入れると食料自給率は低下する。
ドーハラウンドはおそらく当面凍結されるが、やがては再開される可能性が高い。そのときに日本が正しい行動をとるためにも、今回はここまでのWTO農業交渉で日本政府が犯してきた過ち、そしてその背景にある政策誤謬の構図を明らかにしたい。
守るといいながら狼を呼び込む
日本政府の交渉姿勢
まずこの問題の本質を説明するためには、時計の針を1993年合意のウルグアイラウンドにまで巻き戻す必要がある。同ラウンドで日本は、コメについて関税化の例外を得る代償として、関税化すれば1986~88年当時の消費量の5%で済むミニマムアクセス(最低輸入機会)を年々拡大して8%とする義務を受け入れた。しかし、その後、ミニマムアクセスの拡大による農業の縮小を回避するため、1999年に関税化へ政策転換。現在では7.2%のミニマムアクセスにとどめている。
上限関税率と関税引き下げの両方に例外扱いを求めれば、二重の代償により大幅なミニマムアクセスの加重を求められる――。この点は、筆者が数年前からたびたび警告してきたことだ。だが、政府はこうした意見にまるで耳を貸さず、例外扱いを求めてきたのである。