だが、「教育基本法改正」だけは成し遂げたものの、その後支持率が急落した。2007年7月の参院選で過半数割れの惨敗を喫し、わずか365日で退陣することになったのだ。この苦い経験から、安倍首相は「やりたい政策」を実現したくても、愚直にそれを進めようとしてはいけないことを学んだのではないだろうか。

 安倍首相は「やりたい政策」のためには、まず国民が支持する「やるべき政策」を実行し、高支持率を得ることが大事だと考えたのだろう。そして政権を奪還した時、首相の眼には、「失われた20年」で疲弊し、「とにかく景気回復」を望む国民が映った。

 第二次安倍政権が発足する前、歴代政権が苦心惨憺取り組んできた財政再建や持続可能な経済運営に、国民は一定の理解を示してはいた。消費増税への国民の理解の浸透は、端的にそれを示すものであったといえる(第40回を参照のこと)。しかし首相は、一方で国民が長年のデフレとの戦いに疲弊し切っていると見ていた。だから、高い内閣支持率を得るには、とにかく国民をこの疲弊から解放することだと考えたのだ。

 安倍首相は、政権発足と同時に、業績悪化に苦しむ斜陽産業が望む公共事業や金融緩和を「異次元」規模で派手に打ち出した。これに、一部の良識ある人を除けば、誰も反対しなかった。株高・円安で企業がとりあえず利益を上げられて、「3月末決算」を乗り切れたからだ。長年の不況に苦しむ企業経営者にとって、そして部長、課長、その部下の平社員にとっても、「とにかく利益が出るならなんでもいい」ということだったのだ(第75回を参照のこと)。

 経営者も現場の社員も、アベノミクスの本質はわかってはいただろう。株高・円安でも、既に海外移転を完了した日本企業の輸出は増えない。エネルギー輸入コストも上昇して、経常赤字が続いている。給料もさほど上がらない。それでも、みんな、サラリーマンであり、「雇われ社長」なのだ。結局、「今が少しでもよくなるなら、それでいい」のだ。先のことを考えるには、国民は疲れ過ぎていたのだ。

 安倍首相は、歴代政府の「痛みを伴う」経済運営に対する理性的な態度の裏にある、国民のこんな「本音」を見抜いていた。だから、高支持率を得るためにやることは、「国民の望む政策」をずらっと並べることだったのだ。