「ご覧になった工場にはムダがたくさんあったと思われます。ムダを100項目ぐらいは挙げられるでしょう」

 そして、机の上に置いてあった一枚の紙を指した。

 私は教育や人事を中心に管理部門を歩んできた経緯から、工場を見学しても感心するばかりでムダに気づくことなどできず、だから非常に焦った。困惑する私たちに大野氏はさらに続けた。「工場を半日も見て、私たちに何ら利益をいただけないのですか」と。

 言われて何も回答できないのは恥ずかしいので、苦労しながら何とか十数項目ひねり出したのを覚えている。そして一緒に行ったメンバーとともにムダをまとめ、大野氏に渡した。

 そこからがトヨタ生産方式の凄いところだ。大野氏は、ムダをまとめたものをすぐに現場の責任者に渡して、1週間もしないうちに改善を行なった。そのスピード感とムダの排除に徹する姿勢に私は大きな感銘を受けた。

 このスピードとムダ取り改善の極意は、漠とした素人の提案を現場のリーダーが「分解」し、「すぐにできること」と「検討を必要とすること」を整理して、できることから進めていくことだ。現在のホワイトカラー改善にも生かしていることの一つである。

「気づき」の環境づくりが成果を生む

 それから5年以上にわたり、トヨタ生産方式導入のために実践学習をさせていただいたが、大野氏の指導はとても厳しく、気づいたことをその場その場で指摘され、叱られることもあった。そんなとき、助け船を出してくれたのが、トヨタ生産方式のもう一人のアドバイザーとも思える新郷重夫氏の存在だった。

 IE(生産工学)の専門家として海外でも高い評価を受けた人である。大野氏に叱られて落ち込んでいる私を、新郷氏は、「あの問題に気づいたのはいいことです。もっとこうしてみたら……」と陰ながらアドバイスをしてくれた。理屈に陥りがちな私に理論と実践を結びつけてくれた忘れ難い人である。