受話器の向こうから、荒い鼻息が伝わってくる。片山は、相手の剣幕に戸惑いつつも、この程度の苦情電話には慣れたものだ。

「申し訳ありません。すぐに確認いたしますので、お客様のお名前を教えていただけるでしょうか?」
「4月に契約した柏木だ」

 片山は顧客データを確認しながら、会話を続けた。

「このたびは、ありがとうございます。それで、どのような不具合がございますでしょうか?」
「何回やり直しても、うまくいかない。電源スイッチを入れても、操作パネルが表示されない! 不良品じゃないのか? すぐ取り替えに来てくれ」

 相手はまくし立てるが、話を聞いていて片山はハタと気がついた。

「柏木様、操作パネルを表示させるには、電源スイッチを入れたあと、スタートボタンを押していただく必要があります。スタートボタンは押されましたか?」

 相手の苛立つ声が少しだけ弱まった。

「スタートボタン? なんだそれ? そんなこと、説明書のどこに書いてある?」
「取扱説明書の2ページ目にございます」
「……」
「枠で囲んである部分です」
「……『プッシュ』とは書いてあるが、よくわからんな」

 片山は相手のきょとんとした表情を思い浮かべて、うんざりした。

「ですから」

 思わず、語気を強めてしまった。その途端、相手の怒声が耳に響いた。

「なんだ、その言い草は!」