全国各地に拡大した新型インフルエンザ。日本はその発生に備え、様々な準備を進めてきた。しかし、感染が急速に広がった関西では、学校や病院などの現場で想像以上の混乱が起きた。

 新型インフルエンザの対策に何が問われているのか――。われわれは、最前線の現場を徹底的に追跡した。

 5月16日(土)未明、神戸の高校生から新型インフルエンザの遺伝子検出。この一報を受けて、NHK大阪放送局の報道フロアーには、一気に緊張感が高まった。海外への渡航歴のない人から人への感染となる国内初のケースだったからだ。

 翌日17日(日)、感染確認は大阪にも拡大。わずか2日間で、その数は92人にも膨れ上がった。感染者を出した高校や自治体では、想像以上の感染の広がりに戸惑いを隠せなかった。

大阪初の感染 関西大倉高校
すでに出ていた「感染拡大のシグナル」

 大阪で初めて感染が確認された関西大倉高校。感染者数は1週間足らずで90人を超えた。なぜ感染に気づくことができなかったのか。

 われわれが学校から取材を許されたのは、20日(水)。記者、ディレクター、カメラマン、音声マンの4人で学校に向かった。休校中の学校は人気がなく静まり返っていた。しかし、案内された職員室の光景に驚かされた。緊張した面持ちで必死に電話をする教師たち。生徒たちの健康を気遣いながら、心のケアをする電話だった。高熱が出て不安な思いを語る生徒。部屋に閉じこもり精神的に追い込まれる生徒。1日のやりとりは、1人の担任だけでも6時間に及んでいた。

【写真左】職員室で懸命に電話する教師たち
【写真右】がらんとした教室

 こうした非常事態の中で陣頭指揮を執っていたのは、大船重幸教頭。しかし、こうした事態になる直前、大船教頭は“感染のシグナル”をすでに感じ取っていた。

 それは新型インフルエンザが確認される6日前の11日のこと。2年生のあるクラスで、3人が欠席した。翌日、そのクラスの欠席と早退は一気に20人に増加。さらに次の日には他のクラスにも広がり、倍以上となる56人まで増えていったのだ。しかし学校側は、この時点では「新型」のインフルエンザとは疑わなかったという。それはいったいなぜなのか。

 われわれは、後に「新型」のインフルエンザと診断された生徒に初めて話を聞くことができた。

生徒:「頭痛・関節など、筋肉の痛みがありました。熱は38.2℃。ちょうどインフルエンザが流行っていたので少しは気にはなりましたけど、まさか新型とは思いませんでした」

記者:「これまでの風邪と新型との違う点は?」

生徒:「実際に、違いがそんなに分からなくて・・・。具合が悪くなってからも、すごくしんどいというわけではなくて、(新型とは)感じられませんでした」

 この生徒をはじめ欠席した生徒の多くは、医師から通常の「季節性」インフルエンザと診断されていた。このことが、学校が「新型」と疑わなかった理由だった。

国内感染の発見を遅らせた
“症状以外”の決定的理由

 それではなぜ医師たちは、「新型」と見抜くことができなかったのか。「季節性」と診断した医師の1人、A医師が取材に応じた。

 関西大倉高校で20人の欠席者が出た12日。A医師のもとに、同校のある男子生徒が訪れていた。A医師は、この生徒を「季節性」のインフルエンザと診断。だが後に、彼の妹が「新型」のインフルエンザと確認されている。そのため、彼自身も「新型」に感染していた疑いが強い。しかし、A医師が「新型」と見抜けなかったのは、生徒の“症状以外”に決定的な理由があったからだ。

 それは厚生労働省が医療機関に示した「診断基準」である。「新型」と判断するうえで重要な診断基準として書かれているのが、『新型インフルエンザが蔓延している国に滞在した者』。いわゆる「海外渡航歴」があるかどうか、だったという。