昔話「鶴の恩返し」の鶴(おつう)が、「決して見てはなりませぬ」と言った機織り部屋。特に外資系のグローバル本社の下にぶら下がる日本法人には、グローバル本社の方針を日本風にアレンジするなどもってのほか、方針を見ることすら許されぬといった極端な運用が、いまだにまかり通っている。
「グローバル本社トレーニングプログラムの資料は、人材開発課長の席の後ろのキャビネットの中に収納されています。しかし、人事本部長といえども、いえ、社長といえども、そのトレーニングプログラムに生徒として参加するまでは、その資料を1ページたりとも見てはなりません」――。
製造業T社へ、人事本部長として着任し、前任者と引き継ぎをしている時のことだ。人事トレーニングプログラムの資料はどこにあるかと問うた時の、前任者のリアクションを決して忘れることができない。
昔話「鶴の恩返し」の鶴が「決して見てはなりませぬ」と言った機織り部屋を思い浮かべ、あきれて二の句を告げなかった。半年前に入社した人材開発課長は、その掟に従い、自分がトレーニングに一参加者として参加する半年後まで、トレーニング資料を一切見ることなく過ごしたという。
それだけではない。「当社では、グローバル本社のトレーニングプログラムは、グローバル本社が認めた翻訳家の訳を、一言一句、現地で変えてはなりません」という。
本社至上主義の人事部が
勝手に掟を作り出す
私は即座にアジアパシフィックのトレーニング責任者へ連絡をとり、「まさか、そのようなルールはないだろうね」と正した。予想通り答えは、「そのようなものがあるはずがない」というものだった。前任者は、よく言えば素直な、しかし私の言葉で言えば、本社至上主義であった。そして、彼が掟だと思い込んでいたものは、本社至上主義が高じて、いつしか勝手に作り上げられてしまった幻想に過ぎなかったのだ。
私は、直ちに機織り部屋のキャビネットの封印を解き、全てのグローバル本社提供のトレーニングプログラムに目を通し、グローバル本社プログラムの骨子に沿いながら、日本法人の事例と話法を取り入れた混合プログラムを作り上げ、翌月から展開し始めた。案の定、ユーザであるビジネス部門からは歓迎された。