今回ご紹介するのは、日本を代表する経営者、松下幸之助の評伝『幸之助論――「経営の神様」松下幸之助の物語』です。リーダーシップ論の第一人者ジョン・P・コッターによる客観的で多面的な幸之助の分析は、「優れた経営者の伝記」以上の価値がある、必読の経営学書と言えるでしょう。

経営学の第一人者による
松下幸之助の評伝

ジョン・P・コッター著『幸之助論――「経営の神様」松下幸之助の物語』2008年4月刊。あまり見ることのない、松下幸之助の若かりし日の写真が印象的です。

 本書の原題は“Matsushita Leadership, Lessons from the 20th Century’s Most Remarkable Entrepreneur”、1997年に米国で出版され、98年に『限りなき魂の成長』(飛鳥新社)と題されて邦訳書が出ています。本書はこの初訳の10年後にダイヤモンド社から復刻されたものです。邦題は『幸之助論』と改題されました。「リーダーシップ論」と「組織変革論」の第一人者である経営学者、ジョン・P・コッターが書いた唯一の評伝だそうです。初訳と同一の訳者による厳密な校訂と、監訳者の金井壽宏・神戸大学教授による詳細な解説が付されており、熟読玩味に値する書物として定評を得ています。

 松下幸之助(1894-1989)の著作は自身が設立したPHP研究所から大量に出版されていますが、第三者が書いた評伝はそれほど多くありません。しかし、多くの新聞・雑誌の記事や映画・テレビドラマなどによってほとんどの日本人は幸之助の人生の概略を知っています。筆者も小中学校の副読本で読んだ記憶があります。

 苦難に満ちた幼年期、少年期。小学校4年で退学を余儀なくされ、9歳で火鉢屋と自転車屋に丁稚奉公、その後は16歳で大阪電灯へ入社し、在職中に電球ソケットを発明、1917年、23歳で退社し、翌年、松下電気器具製作所を創業します。これが松下電器産業(1935年)、のちのパナソニック(2008年)です。

 パナソニックは敗戦、昭和40年不況、2002年前後のIT革命、2009年のリーマンショックなど、何度も経営危機に襲われますが、そのたびに乗り越えてきました。巨大製造業としては驚異的な復元力です。

 幸之助は一代で巨万の富を築きましたが、個人による寄付もけた外れです。有名なのは日本国際賞と松下政経塾の創設でしょう。各国の大学にも寄付を続けました。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)にも100万ドルを寄付し、「松下幸之助記念リーダーシップ講座」が開設されています。