会社を味わう

 安曇の蘊蓄はほとんど理解できなかったが、なんとなく何を言いたいのかわかってきた。安曇が言う「味わう」という意味は、おいしいとかまずいとかを、単に感じることではない。

 口に含み、口腔全体を使って、そのワインの優れている点、劣っている点を、自らの舌で体感してさまざまな言葉で表現することなのだ。

 そうすることで、そのワインを多面的に観察しているのだ。

 コンサルティングに置き換えたら、この「味わい」のステップは、作業現場に行ってその雰囲気を感じ取り、証拠資料と突き合わせることで事実関係を確認し、自分の目で確かめて心証を得ることだ。

 なるほど、コンサルティングとワインのテイスティングは似ているなとヒカリは思った。

 そう考えると、ヒカリは問題だらけのクライアントを持つタイガーで仕事ができることは、意外にラッキーなのかも知れないと思えてきた。

 自ら経験しなければ本質的なところはわからない、と安曇は教えてくれた。そして、こうも言った。

「まずは形から入りなさい」

 テイスティングと同じように、コンサルティングも作法を身につけることができれば、決算書の奥に潜んだ会社の本質的な課題が見えてくるのだ。

「コンサルティングの作法を教えてください!」

 ヒカリは無意識に叫んでいた。

「教えることはやぶさかではないが、ボクは暇ではないんだよ」

 と言いながら、安曇は手帳を取り出しスケジュールを確認した。

「第一水曜日は大丈夫だ、火曜日も…。まあ、君の予定に合わせよう」

「わかりました。じゃあ毎月第一火曜日でお願いします」

「君は今月から給料をもらう身分だ。タダというわけにはいかないよ」

「もちろんそのつもりです。でも、こんな高いワインをごちそうするのは…」

 安曇は首を左右に振った。

「心配には及ばない。安くても美味しいワインはある。心配ならボクが探して持ち込んでもいい。それにしても腹ぺこだよ。さあ食べよう」

 テーブルの料理は、たちまち安曇の胃に消えた。