作り方は実に簡単。牛肉にブランデー、割り下をかけ廻す。そこによく溶いた卵黄(白身は使わない)をたっぷりとかけて、味がしみこむまで少々待つ。

 テフロン加工のフライパンを火にかけて、太白ゴマ油をちろりと敷く。そこで先ほどの牛肉を焼いていくのだ。すき焼きという名前だが、ネギも白滝も、豆腐も入らない。

「焼いた瞬間、割りしたの醤油とみりんの焦げる匂いに混じって、ブランデーの香りが立ちのぼります。見ていますと、誰でも、お腹の虫がグウ、と言います」

 すき焼きと言うよりも和風のピカタという感じだろうか。すき焼きでよく感じる卵の白身で肉の味が薄まるといったことがないぶん、濃厚な味が想像できる。たしかに自身の言葉の通り彼女は「しつこいものが好き」だったのだろう。

 先に挙げた料理はともかく「食生活の欧米化」などといわれ、現代では脂質はとかく嫌われている。しかし、意外かも知れないが、摂取下限が定められている栄養素である。人は脂肪酸を自ら作り出すことはできないので、外から摂取する必要があるのだ。1970年代まで日本人の死亡理由の第1位が脳卒中だったのは、十分に油脂を取れていなかったからだ、と考えられている。皮肉な言い方かもしれないが「食生活の欧米化」が日本人の平均寿命を伸ばしてきたとも言えるのだ。

 もちろん脂質は肥満の原因にもなるので取り過ぎは厳禁。適切な脂肪エネルギー比率は総カロリーの20~25%といわれている。だが、ある統計によると70代以上の高齢者の半数近くが到達できていないという。

 伝統的な日本料理では油脂類をほとんど使用しないので、宇野千代の料理は新しい和食と言える。昔のことが礼賛されがちな時代だが、過去のすべてがいいわけではない。料理は時代と共に変わる必要がある。そのヒントを彼女の料理は示しているように思う。

※参考文献/『私の長生き料理』宇野千代著

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