食をめぐる言説は目まぐるしく変わる。去年、厚生労働省は13年ぶりに食生活の指針を見直したのだが、そのなかで特に注目されたのは高齢者に肉の摂取を薦めたことだ。

 日本人の平均寿命は諸外国と比べても長いが、安心はできない。当然のことではあるけれど、寝たきりにならずに日常生活を健康に過ごせる健康寿命は平均寿命よりも短い。統計的には男女共に10年余りをベッドの上で過ごしているという数字が出ている。健康寿命が伸びれば社会保障負担の軽減も期待できるのだ。

 寝たきりになる原因は大きく2つ。脳卒中と転倒による骨折である。肉食が勧められたのはその対策として、だ。

 動物性タンパク質の摂取は血管を強くし、筋力の低下を防ぐ。東北大学大学院医学系研究科の調べでは、肉類摂取していない人はしている人に比べて2.8倍も転倒リスクが高かった。

「そんなことはない。肉を食べてこなかった日本人には魚と野菜だけの伝統的な和食が一番健康にいいのだ」

※享年(数え年で表記)
イラスト/びごーじょうじ

 そんな意見もあるが、本当にそうだろうか? そもそも『伝統的な和食』がなにを指しているのか、という問題は置いておくとして、独立行政法人、国立健康栄養研究所が出している『国民栄養の現状』というレポートを読むと、戦後50年で日本人の栄養状態が戦前や戦後に比べてすこぶる改善されているのがよくわかる。だからこそ平均寿命も右肩上がりだったのだ。食生活の欧米化によって日本人が不健康になった、という意見は、言ってみれば半分正しく、半分誤っているのである。

 ところで戦前よりもさらに前の人々はどうだったのだろう? 例えば江戸幕府を開いた徳川家康はキジやツルの焼き鳥を好んだ、という。平均寿命が37~38歳であった当時、75歳まで生きた理由の1つとして適度な動物性タンパク質の摂取を挙げる研究者は少なくない。