甥をこれ以上、不機嫌にしたくない嶋野は、深入りを避けたいというように末席をチラチラと見ている。浮世離れしている主任にも煩悩があることに逆に安堵を覚えながら、末席はその期待に応えるべく口を開く。

「じゃあ、ケンジくん。自身が中央銀行のエラい人だとして、政策金利をゼロにしました、経済の調子が戻りません、となったときに、ケンジくんはどうしますか?」

「えーっ…。どうしよう…。たしかに、景気の調子が悪いときには、世の中的にお金を借りやすくすることが必要で、そのもとになる金利をほとんどゼロにしても借りる人が多くならないっていうんだったら、前回の話と重なりますけど、財政政策でやってもらうしかないんじゃないですか」

「じゃあ、ケンジ審議委員*5の意見は、金融当局として、我々はもうなんにも打つ手ない、という結論でよろしいでしょうか?」

 末席はニヤニヤしながらも決断を迫る。

*5:日本銀行の政策委員会は、正副総裁の3名に審議委員6名、計9名で構成される

 芝居がかったアプローチが気になりながらも、ケンジはさらに考える。

「うーん、ボクだって、景気が元気ないのを見て、手をこまぬいているしかないのは心苦しいですよ。でも、もう選択肢がないのであれば、黙って見ているしかないじゃないですか」

 頷きながら末席は再度、小括する。

「ケンジくんのせいではないし、ケンジくんがサボっているわけでもないし、ケンジくんも何も出来ないことが心苦しい、ということでよろしいでしょうか?」

 もうゆっくりと頷くしかないケンジに、ケンジ対検事のような緊迫感だな、などと邪念を想起しながら、嶋野はゴクリと喉を鳴らしながら二人のやりとりを見守っている。

 末席は、一気に緊張をゆるめるように、笑顔で言う。

「いまのケンジくんの意見が、『ないといえばない』という立場なんですよ!」

 ケンジはホッとしながら、末席の次の言葉を待った。

「ただ、もしやれることはもっとあるとしたら、ケンジくんはどうします?」

「やりますよ、やりたいです。それでもしみんながハッピーになるのなら、それはそうです」

 ケンジは乾いた雑巾を絞るような気持ちで、必死の表情で応える。

「おお、これはずいぶんと進歩的な審議委員ですこと。では、ここで断言しますが、経済学的な処方箋はあります。そして、それを選択しますか?」

 もちろんじゃないですか、と言いたげなケンジは、すっかり中央銀行のエラい人のような気分になっている。

「はい。でもそれって、難しいんですか?」

 待ってましたとばかりに、末席は応える。

「いや、そうでもないですよ。金利をもっと下げればいいだけなので」

「えーっ、でももう、金利、ゼロにまでしちゃってますよね…」

 それをどうやって下げるの? と狼狽するケンジを見ながら、嶋野が口を開く。

「金利をマイナスにすればいい」

 叔父とはいえ、大丈夫かな、この人は。ケンジは嶋野主任と距離をとりながら、途方に暮れている。