「ところで、少しは会計の勉強してるか?」
「ええ、まあ」
高橋は言葉を濁して、ビールを流し込んだ。
「してないな…。高橋君はウソがつけないタイプだからな~」
「勉強しようと思って本は買ったんですが、どうも面白くなくて…。石田さんから『会計の勉強だけはしとけよ』と言われたのは覚えています。しかし、会計の勉強をしても営業成績があがるようには思えません。いまは会計の勉強なんかするより、目の前の成果をあげるために全力を尽くすほうが大切だと思うんですが…」
高橋は設計部時代から自分の意見をハッキリ言う人間だった。石田は昔と変わらない高橋を見て、なんだかうれしくなった。
「相変わらずだな~、高橋君は」
石田はニコニコしながら言った。
「高橋君はフィギュアスケートを見ることはあるかい?」
「ええ、もちろん。私と同姓の高橋大輔君も活躍してましたし。でも、フィギュアスケートと会計と何か関係があるんですか?」
「フィギュアスケートの地方大会くらいなら、どのような基準で採点されるかを知らなくても、しこたま練習すれば優勝できるかもしれない。しかし、世界の一流選手が集まる世界大会では、採点の基準を知らずに優勝できるような選手はいない。
仕事も同じだ。会計の勉強なんかしなくても成果はあげられる。しかし、プロとしてビジネスの世界で仕事をする人間が、会計の仕組みを知らずに一流にはなれない。例えば、事業の成果をはかる指標の一つとしてROE(自己資本利益率)が大切にされているが、なぜROEが大切なのか、高橋君はわかるかな?」
「いえ、わかりません」
「じゃあ、もっと簡単な質問をしてみよう。企業の会計ではなぜ収支計算書を使わないんだろうか?」
「収支計算書?」
高橋は、「何が言いたいんだろう?」というような顔をして聞き返した。
「そう、『収入』『支出』『残高』の3つの欄に分かれた収支計算書だ。お金に関連する表としては個人も組織も収支計算書を使っている。お小遣い帳も家計簿も収支計算書だし、国や県や市町村も『歳入』『歳出』という収支計算書を使っている。なぜ、企業だけが収支計算書を使わないんだろう?」