人は隠れた「目的」のために
「原因」を作り出す
和田 『嫌われる勇気』では、とてもわかりやすい実例がいくつも提示されています。たとえば赤面症で悩む女の子の話が出てきます。彼女は赤面症を治して好きな男性に告白したいと言うわけですが……。
岸見 赤面症に限らず神経症の人が、「この症状を治してほしい」と言ってカウンセリングに来ることはよくあります。赤面症の彼女も「治してほしい」と言葉では言うのですが、実は治ってしまうと困るのです。なぜなら、治ってしまうと人とのかかわりが始まるからです。今は「赤面症だから、男の人とお付き合いができない」と言い訳ができても、赤面症が治ったら好きな男性にアプローチしなければならない。それで振り向いてもらえなかったら、ひどく傷つきますよね。それが怖いから赤面症という原因を作っている可能性がある。「男性にアプローチしたくない」という目的を果たすために。だから、症状をどうこうしようという話はカウンセリングではしません。
和田 何の話をするんですか?
岸見 人は一人では生きていけません。人と交わることで傷つくこともあるし、裏切られることもある。しかし、そういう経験をしなければ、他者と深い関係に入ることができない。深い関係にならなければ、生きる喜びも得られません。だからあえて対人関係の中に入り、そこでいろいろなことを経験して生きる喜びを感じてほしいといった話をします。
和田 私が岸見先生にお聞きしたカウンセリングのなかで一番印象的だと思ったのが、先生が相談を受けるときに使う三角柱の話です。三つの側面のうち、二つの面には「かわいそうな私」「悪いあなた」と書いてあり、相談者が話している内容に沿って三角柱を回転させながらどちらかを提示していくという。
岸見 ほとんどの話が、この二面のうちのどちらかなんですよ。
和田 私も相談者とお話しするとき、「つらい、つらい」とばかり訴える人とときどき出会います。「私はこんなにつらくて、こんなに大変で」と。これは「かわいそうな私」ですね。一方、「夫は帰りが遅くて、お酒ばかり飲んでいて、私の話を聞いてくれない」と「悪いあなた」ばかり話す人もいる。でも、この三角柱を見せられながら話すのは、結構キツいですよね(笑)。
岸見 今、自分がどういうことを話しているか意識してほしいのです。しかし、二つの側面の話に終始していてはカウンセリングになりません。そこで、患者さんに見せていなかった三角柱のもう一つの側面を提示します。そこには、「私には何ができるのか」と書いてあります。過去のことを聞くことがまったく意味がないとまでは思いませんが、あまり意味がない。今は過去ではありませんから。解決策を一緒に考えていきましょうというスタンスで話を進める必要があります。だから「私には何ができるのか」を示すのです。
和田 誰かの責任にしているあいだは、何も解決しないですよね。
岸見 そうですね。
和田 日本の犯罪報道を見ていると、犯人は過去に親に捨てられただとか、虐待を受けただとか昔のことを調べて、そうしたトラウマが原因で悪人になったと報じる傾向があります。
岸見 虐待を受けたことが、まったく影響を与えなかったとは言いません。しかし、二つのことを指摘したい。一つは同じ境遇に育った人が皆、同じような大人になるとは限らないということ。同じような境遇に育った全員が犯罪に走るわけではない。もう一つは、過去に原因があって今があるというのが正しいとしても、タイムマシンがない限り過去には戻れないということです。だから、「私には何ができるのか」が大切になるのです。