「道徳のコンパス」が判断を狂わせる

 シルヴァに連れられて会議室に行くと、キャメロンの顧問が20人くらい待っていた。ボスはまだだった。ほとんどの人が20代か30代だったが、そのなかで目立って年長なのが、閣僚経験者でのちにまた入閣した紳士だった。

 彼はぼくたちのところまでやってきて、キャメロンは今度の総選挙で政権をとったら、地球温暖化問題に全力でとりくむつもりですよと、わざわざ教えてくれた。キャメロンに任せておけば、イギリスは一晩でゼロカーボン〔二酸化炭素を排出しない〕社会に生まれ変わる。何しろこの問題はイギリスが「最優先すべき道義的責任」なのだからと、彼は力説した。

 これは聞き捨てならないぞと、ぼくたちは思った。誰もが、とくに政治家が、道徳のコンパスをもとに決定を下すようになると、事実が真っ先に闇に葬られることを、身をもって経験していたからだ。

 そこでこの元閣僚に、「道義的責任」って何ですかと聞いてみた。

「もしもイギリスが存在していなかったら、いまの世界はありませんよ。このすべてがあり得なかった」と言いながら、彼は頭上や外を身振りで示した。「このすべて」っていうのはつまり、この部屋、この建物、ロンドンのシティ、文明のすべてってことらしい。

 ぼくたちはきょとんとしていたらしく、彼はそのまま続けた。イギリスは産業革命をいち早く達成し、公害や環境劣化や地球温暖化に向け世界を導いてしまった。だからこそイギリスは責任をもって、地球へのダメージを回復しなくてはならないのですよと。

 ちょうどそのとき、キャメロン氏が勢いよくドアを開けて入ってきた。「さあて」と大きな声で言った、「お利口な客人はどこですか?」

 彼はパリッとした白いワイシャツに、トレードマークの紫のネクタイを締め、突き抜けた明るさを漂わせていた。ちょっと話しただけで、なぜ彼が次期首相と目されているかがすぐわかった。彼の何もかもが才能と自信に満ちあふれていた。イートン校やオックスフォード大学の学長が、こういう人間を育てたいと理想に描くような人物に見えた。