次期首相に提示した「思考実験」

 これのどこがまずいのか?
 人は実際のコストを払わずにすむと、無駄な消費をしがちなのだ。

 たとえば最近食べ放題のレストランに行ったとき、いつもよりたくさん食べたんじゃないだろうか。医療が食べ放題方式で提供されても、同じことが起こる。料金を請求される場合に比べて、消費量が増えてしまうのだ。「病気心配症」の人たちのせいで、本当に具合の悪い人が十分な治療を受けられなくなったり、待ち時間が無駄に増えたり、コストの大部分が高齢患者の終末期に投じられ、本来の成果が得られなくなったりする。

 こういった過剰消費が起こっても、医療が経済に占める比重が低ければどうってことはない。でも医療費がGDPの10%に近づこうとしているイギリスみたいな国や、その2倍近いアメリカでは、医療がどうやって提供され、どうやって賄われるべきかを真剣に考え直す必要がある。

 ぼくたちはこれを伝えようとして、キャメロン氏に思考実験をもちかけ、ちがう分野の似たような政策について考えてみてくださいと言った。

 たとえばもしイギリスの全国民が、生きているあいだ好きな乗り物を何でも無料でもらえるとしたら? 誰でも好きなときに車のディーラーに行って、気に入った新型モデルを無料で手に入れ、家に乗って帰れるとしたらどうなるだろう?

 キャメロンがハッと気がついて「おやほんと、まったくバカげた話だ。古い車を大事にする理由がなくなって、インセンティブが歪められてしまうじゃないか。きみたちの言う通り、医療の無料提供には問題があるな」と言ってくれるのを、ぼくたちは期待した。

 でも彼はそんなことは言わなかった。というか、何も言わなかった。

 デイビッド・キャメロンはまだ微笑んでいたけれど、その目はもう笑っていなかった。ぼくたちのシナリオは期待したような効果をあげなかったのかもしれない。いや、期待通りの効果をあげたけれど、それが彼の気に入らなかったのかもしれない。どっちにしろ、彼はすばやく握手を求め、次に約束していた、そうイカレていない客人に会うために、そそくさと出ていった。

 もちろん、彼を責めるのはお門違いだろう。

 医療費の垂れ流しのような大問題を解決するのは、ペナルティキックをどう蹴るかを決めるより1000倍くらい難しい(だから第5章ではできるだけ小さな問題に集中することを勧めている)。それに、聞く耳をもたない人を説得する方法について、ぼくたちがいま知っていることを当時も知っていたなら、もっとましな対応ができただろう(この問題は第8章でとりあげる)。

 そうは言っても、脳を鍛え直して、大小問わずいろいろな問題を普通とはちがう方法で考えることができれば、ものすごく得るものが大きいと、ぼくたちは固く信じている。

 この本では、ぼくたちがここ何年かで学んだことを、首相とのつかのまの出会いよりもましな成果を挙げたものも含め、余すところなく伝えたい。

 試してみる気はあるだろうか? そりゃよかった! 最初の一歩は、何かを「知らない」ってことを恥ずかしく思わないことだ。

(※本連載は以上になります。続きは書籍『0ベース思考』にてお楽しみください)