井深さんとの対談時の印象的なひと言

 井深さんは、(財)幼児開発協会を立ち上げられ、幼児教育を進めるために、「幼児開発」という雑誌を創刊されました。
 いま思えば、非常に貴重なひとコマとなりましたが、「幼児開発」(1984年3月号)に、私と家内(久保田カヨ子)と井深さんの対談「赤ちゃんのみがき方教えます」が掲載されました。
 対談冒頭で、井深さんは、こうおっしゃいました。

「心理学者や生理学者が書いた育児書には脳のことが正しく書かれていないが、『赤ちゃん教育』では、お母さんが創造性を出せるのが育児だと書いてあるのがいい。この重要さにふれている育児書は、一つもないんですよね」

 井深さんとは、育児について、いろいろ論じ合う機会があり、そのあと親しくお会いするようになりました。
 恐縮ながら本記事では、「井深氏」とせずに「井深さん」と書いていることをご理解いただけると幸いです。

井深さんの「心を育てる」幼児教育への想い

 インターネットで、「井深大の反省」という記事を見ると、亡くなられる7年前に書かれた記事があります(1990年4月28日<土>の「朝日新聞夕刊」に「心を育てる」と題して下記の談話を載せています)。

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「0歳児から教育を」

 理科教育の振興を通じて、私は教育そのものに目を向けるようになった。バイオリンの早期教育「鈴木メソード」の鈴木鎮一先生とも親交を持った。

  四、五歳児が大人もやれないようなメンデルスゾーンのコンチェルトを弾きこなすのを目の当たりにし、すべての教育は生まれてから一日も早くはじめなければいけない、という考えにすっかり共鳴した。

  私自身も知的教育を早くからはじめることがいかに有効であるかを知ってもらうため、六九年には幼児開発協会という団体を設立した。

 幼児教室を各地に設け、お母さんにお願いし、ほかではやらない実験的な教育をくり返してきた。

 いろいろやっているうちに、本当に必要なのは知的教育より、まず「人間づくり」「心の教育」だと気付いた。学校では落ちこぼれ、暴力、いじめが頻発している。

 「心を育てる」には、学校教育だけでなく、母親の役割がなによりも大切であり、子どもの方も幼稚園どころか0歳児、いや胎児期から育てなけれはならないという考え方に変わってきた。

  私はいま、妊娠した時からの母親の心構えが、その子の一生を決定すると確信している。

 幼児開発協会でいろいろやってみた結果、母親の愛情によってはぐくまれる赤ちゃんの温かい心づくりと、生まれた時からの体づくりが、なによりも重要で、知的教育は言葉が分かるようになってから、ゆっくりでよい、という結論になった。

「言葉を覚える前に」

 言葉を覚える前に教育をする、というと不思議に思われるかもしれないが、五感、運動や芸術の能力、信仰心、直感力などは、限りなく0歳に近い段楷から養われる。

 言葉を話すようになると、幼児でも頭が理詰めになる。直感力などは育ちにくくなるのだ。

 言葉を覚える前に人間的なことを植え付けなければ、これからの日本は、心の貧しい人間が大勢を占めてしまう。そんな観点から、0歳児教育をなんとか定着させたいものだと思っている。
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 戦後の焼け野原から盛田昭夫氏とともに、世界企業ソニーを創業された偉大な経営者であり、井深さんはまさに『赤ちゃん教育』を貫く考えを強くもたれていたのです。