ゼロからの挑戦
上海浦東国際空港で健太を出迎えてくれたのは、会社の役員付ドライバーだった。
初めて訪れた中国は、広告などの文字はある程度読めるものの、ドライバーとの会話はまったく通じなかった。学生時代に米国へ短期留学した経験がある健太は、英会話には少しは自信があったが、中国語はまるで話せない。先が思いやられるな……そんな不安を打ち消すようにして自らを奮い立たせた。
〈このミッションを成功させて、本社の連中を見返してやるんだ!〉
空港から車で2時間ほど走ると、巨大な工業団地が広がっていた。この敷地全体が税制面での特典を与えられており、多くの国外メーカーが中国資本と手を携えて工場を構えていた。
その一画に、小城山上海電機の本社兼工場がある。敷地は5万平方メートル、およそ東京ドームと同じ広さだ。入口にはセキュリティーゲートが設けられているが、警備員がドライバーの顔を確認すると、すぐにゲートが上がった。
社屋の正面玄関に車が横づけされ、健太は建物の中に入っていった。玄関に受付らしきブースはあるものの、誰もいない。東京からはるばる来た健太を現地の経営陣が手厚く歓迎してくれるかと思っていたが、期待は見事に裏切られたようだ。
2階建ての社屋は、1階が工場、2階がオフィスという仕様になっている。重いトランクを担ぎながら受付脇の階段を2階に上がると、廊下の真ん中に出て、どちらに行くか迷ってしまった。
そこに、現地の従業員がちょうど廊下を歩いてきた。
「フェア・イズ・スティーブ?」と英語で聞いてみたが通じなかったので、今度は日本語で「スティーブはどこですか?」と大声で繰り返した。
相手は「スティーブ!」と合点がいったようで、右に向かう廊下の奥のほうを指差した。
健太は「謝謝(ありがとう)」と唯一知っている中国語で礼を言い、その方向に歩いていくと、奥から2番目の部屋に「GM」と書かれたドアを見つけた。
ノックをすると待たされる間もなくドアが開けられ、童顔で坊ちゃん刈りの背の高い男が現れた。
「スティーブ?」
「ハイ、健太だね。ようこそ、小城山上海へ!」
スティーブは米国滞在が長いだけあって、さすがに流暢な英語を話す。48歳と聞いていたが、髪型のせいで5歳は若く見える。
「君が来ることは東京本社から聞いていたよ。長旅で疲れてるかい?それとも早速ミーティングするかい?」
スティーブの気遣いに感謝しながらも、すぐに会社の状況を把握したかった健太は、「状況を聞かせてくれますか。それから工場の現場も見てみたいです」と答え、まずはスティーブの話を聞くことにした。