田中の話によると、小城山上海電機の状況はこうだ。

 もともと上海近郊の杭州市の公営企業として1995年に設立された会社で、2002年に小城山製作所が株式の75パーセントを買収し、形の上では小城山と地方政府との合弁会社となっている。小城山の中国生産拠点の足掛かりとしてグループ入りし、すでにかなりの年月が経過している。

 これまでもさしたる利益を上げていなかったが、とりわけ最近の状況は芳しくない。グローバル経済の成長鈍化が顕在化したことにより、特に欧州市場への輸出が激減し、今や十数億円単位の営業損失が発生している。

 ここまで聞いた健太は質問を切り出した。

「それほどの赤字が出ている原因は何ですか」

「直接の原因は、不良率の高止まりと、新製品開発の遅れです。不良率は2000ppmと極めて高く、返品等の不良在庫がかなり発生しています。客先の家電メーカーから送り返されてきた完成品が積み上がり、一部の客先からは期日通りに製品を納められなかったことに対して補償を求められている始末です。また、期待されている『コーダ』という次世代新製品は、3年前に市場に出るはずだったのですが、いまだに準備が整っていません」

 2000ppmというと、100万個の完成品の中で2000個もの不良品が出ているということだ。日本の優れた部品メーカーと比べて2桁も多い……。健太にも次第に状況の深刻さがわかってきた。

 田中は続けた。

「さらに、工員数も不足しています。ご存じのように、中国では労働力の奪い合いが続いており、人件費が毎年10~20パーセントずつ上昇しています。旧正月の頃には工員の多くが地元に帰省してしまい、そのまま工場に戻ってこないことも多いようです」

「何だか問題が山積ですね。現地のマネジメントはどうなっていますか」

「業績の悪化が続いたため、ついに1年前にシー・ゾウという新しい総経理(社長)を就任させました。前任者を更迭するために、25パーセントの株を持っている地方政府とは相当の交渉が必要でした。シーは米国の大学で教育を受けて中国に帰国した、いわゆる『ウミガメ族』で、スティーブと呼ばれています。スティーブは優秀ですが、いかんせん孤軍奮闘で、右腕となる人物が必要です」

「それが私の役割だと?」

「その通りです。丸山さんにスティーブの右腕となって、小城山上海の業績を建て直してほしいのです」

「現地には、小城山からの出向者はいないのですか」

「今のところ、開発担当に1名、経理担当に1名、の合計2名です。地方政府が小城山からの出向を好ましく思っていないため、出向者の人数が絞られてきたのです。今回の丸山さんの派遣も、赤字拡大を理由に1名の増員をようやく承認してもらった次第です。マイノリティー株主と言えども、地方政府は大きな影響力を持っているのです」

「状況は概ねわかりました。ありがとうございます。ところで、いつから赴任すればいいのでしょう」

「こうしている間にも赤字が垂れ流されています。ビザが取れ次第、現地に飛んでいただけると助かります。ここに会社の財務資料や製品資料がありますから、参考にしてください」

 こうして1時間程度のブリーフィングが終わった。いつの間にか、健太の手はじっとりと汗ばんでいた。