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「現在の経済学では、経済の動きを予測することはもちろん、説明することもできない」(『新しい現実』)
マクロ経済学のモデルは、支配的な地位にあるのは、「主権国家の経済」であるとする。しかしドラッカーは、従者たる個人と企業が、主人たるマクロ経済に屈伏したことは一度もないという。個人と企業は常に主人を裏切ってきた。
経済学者シュンペーターが1930年代中頃に指摘したように、個人と企業はいかなる経済政策とも関係なく、貨幣の回転速度を予想できないかたちで急激に変えることができる。
経済政策によって経済的な目的を達成しようとする試みはすべて、この個人と企業が持つ「貨幣の回転速度変更の能力」によって失敗させられてきた。経済的に何が合理的であるかを決定するのは、マクロ経済ではなく、個人と企業のミクロ経済のほうである。もちろん起業家精神とイノベーションを動かすものも、マクロ経済ではない。
経済学は経済の「天候」を支配することを約束したがゆえに、今日の高い地位を得た。だがその効きめは、効能書きほどのものではなかった。経済学はよりよい「気候」をもたらすうえで役には立つが、目先の「天候」には無力であることを認めなければならないときがきたようだ。
「今やわれわれは、経済の『天候』を動かすべき行為者としての政府から、正しい『気候』を維持すべき政府へと重点を移すべきときがきた」(『新しい現実』)