まず、小樽に対する印象だ。昔はもっとひっそりと静かな町だという記憶だったが、いまや観光客が増えた。町もカラフルになった。飛び交う外国語に活気を感じている。

 しかし、余計な心配かもしれないが、こうした変化は現地の日本人が喜んで受け入れているのだろうか、と気になっている。ただし、小樽運河食堂など外国人観光客がよくあつまるところを回った印象では、全体のサービスレベルは悪くないようだ。

 今回の最大の発見は、ノスタルジックな印象を与えてくれたホテル ヴィブラントだ。ホテルの紹介文によれば、鉄筋コンクリート構造としては北海道で初期の建物と位置づけられたこのビルが旧三菱銀行や旧第一銀行とともに、北海道拓殖銀行小樽支店ビルとして「北のウォール街」の一角を飾った、という。

 かつてこのビルのなかで働いていた有名人と言えば、プロレタリア文学の代表作とも言える『蟹工船』を書いた小林多喜二だ。小樽支店ビルは大正12年に完成したが、多喜二はその翌年大正13年に入行したのだ。ロビーの椅子にもたれたままで、しばらくは多喜二の居た頃に思いを馳せていた。

観光ブームの小樽と対照的に
余市の繁華街は寂しかった

 昼間の気温が33度という、北海道にしては珍しい高温を冒して車が余市に進む。観光客が集中する小樽を避けて、昼食を余市に取ろうとした。しかし、これはとんでもない失敗となった。車が市内の繁華街と言われる通りを数往復してもよさそうなレストランらしいレストランが見つからなかったのだ。

 結局は、インターネットにアクセスして食べログを利用して、得点数の高い海鮮工房にした。余市駅前の魚屋さんの柿崎商店の店舗2階にあるこの海鮮工房で遅いお昼を食べた。サーモンいくら丼の「いとこ丼」が1,110円というのは、確かに安いと感じた。

 だが、安くて美味しい魚料理が食べられる食堂にたどり着けた喜びよりも、余市の、あの「繁華街」の寂しさの方が圧倒的に印象に残った。観光ブームに湧く小樽からそれほど離れていないのに、その恩恵にあまり預かっていない余市の観光振興策は強化すべきだ、と余計なお世話かもしれないが、ついつい考え込んでしまう。

 27年前は、積丹岬へは海に寄り添うかのように伸びて行く道路を走った。観光バスの車窓に映るコバルトブルーの海の美しさに完全に目を奪われた。それがいまでも鮮明な記憶として脳裏に焼き付けられている。