

八木 どんな諍いになったのでしょう?
古川 彼女たちには、「三女の親との同居」 は、こうも見えていました。新築した自宅は、お父さんのお金も使って建てたもの。相続を「使って」、まんまと土地も家も、自分たちのものにするつもりで しょう。弟だって、冷遇して、ろくにご飯を食べさせてないじゃない――。実際、そんなことはないんですよ。ところが、相手のことを悪く考え始めると、何もかもが疑わしくなるのです。
八木 そこが相続争いの特徴と言ってもいい。一度ボタンを掛け違えると、行くところまで行ってしまう。
古川 わざわざ自宅を売ってまで、妻の親や子どもと同居した婿さんにすれば、たまらないですよね。遺産分割協議に出てきた時に、そんな話を聞かされて、「だいたい、お義姉さんたちは、親の面倒を一切みてないじゃないですか!」と声を荒げてしまった。それがまた、彼女たちの怒りの炎に油を注ぐ結果になりました。
八木 結局、遺留分減殺請求(*2)になったのですか?
古川 はい。長男も含めた3人が、請求を申し立ててきました。そうなると、こちらとしては、もうどうしようもありません。三女夫婦は、せっかくの新築の家も土地も手放してお金を作り、遺留分を支払って、自分たちはもっと郊外の狭い土地に家を建てて移り住まざるをえなくなってしまいました。
八木 同居していたご長男はどうされたのですか?
古川 別の場所の賃貸アパートに移ったようです。もう三女夫婦のサポートは受けられないでしょうから、大変だと思いますよ。正直申し上げて、兄弟仲をズタズタにして争うほどの財産ではなくて、遺留分といっても、たかだか数百万円程度なんですよ。結果的に、誰もハッピーにはなれませんでしたね。
八木 「感情で動く」相続の怖さが、もろに出た感じがします。ともあれ、このケースでも、被相続人であるお父さんが、やや楽観的であり過ぎたところが問題でした。
古川 そうですね。お父さんに「もしかしたら争いになるかもしれない」という危機感がもう少しあって、こちらのアドバイスに正面から耳を傾けてくれていたら、と今でも思います。やはり、いくら親の意志とはいえ、「兄弟のうち一人だけに全部譲る」という遺言はNGだ、ということは申し上げておきたいですね。それを目にした時の、他の子どもたちの感じる衝撃を、想像してみてほしいのです。
*2 自らの遺留分を侵害している相続人(このケースでは三女)に対して、侵害分を請求すること。