この2か月ほど、ノーベル経済学賞受賞者スティグリッツ教授の書籍を読んでいた。ミクロ編(777頁)とマクロ編(814頁)ともに超大作である。これに比べれば、筆者が10年4月末に出版した『実践会計講座/原価計算』は640頁にすぎず、書籍としては、ぺらぺらの部類になるだろう。
このマクロ編で説明されている経済成長の章を読んでいるときに思ったのは、現代の経済学はもはや「ハロッド・ドーマー・モデル」を説明しないのだなと。「ケインズ経済学の動学化」と囃(はや)されて一世を風靡した理論であっても、現実の経済政策に役立たなければ、歴史の彼方へと消え去るのだろう。ゲームの理論や行動経済学のほうが面白く、実務に役立つ、という事情もある。
時期を同じくして、作家の井上ひさし氏の訃報を聞いた。そのとき筆者は、かつて読んだ『吉里吉里人』と「ハロッド・ドーマー・モデル」を重ね合わせた。東北の山村を旅していた主人公が、独立国家・吉里吉里国の「ブレトンウッズ体制もどき」を崩壊させた物語だったからである。
吉里吉里国の奇抜な経済政策も、ハロッド・ドーマーの経済成長論も、「現実にはあり得ない話」なのでいつしか忘れ去られ、「そんな話もあったね」で終わりになる。ところが、実際の企業活動ともなると悠長なことはいってられない。忘れたくても忘れられず、毎年、同じように企業に襲いかかってくる話がある。
今年の3月決算のとき、筆者の顧問先企業の人たちと話していて、しばしば話題になったのが、「季節的な変動」と「一過性のブーム」とを見分けられるか、であった。デフレ不況の昨今、ニッパチ(2月と8月)を乗り切るのはキツイよなぁ、という声が多かった。そこで今回テーマにしたいのが、この2つの現象がいかに企業活動を翻弄しているか、である。
企業の成長を妨げる
「季節的な変動」と「一過性のブーム」
企業が一本調子の右肩上がりで成長できるのであれば、「季節的な変動」や「一過性のブーム」に悩むことはない。冒頭に紹介した拙著『原価計算』176ページでは、次のようなことを述べた。
すなわち、企業会計審議会『原価計算基準』は10年後も20年後も企業は同じ製品を作り続け、従業員も機械設備も変わらない「ユートピア」を前提にしていると。現在の原価計算理論はそれの上に胡座(あぐら)をかくことによって、象牙の塔の中で重箱の隅をつついた理論を安心して展開できるのだとも。