Bさんの住む自宅から、都内の庵の会場まで、交通費だけで往復5000円かかる。行こうと決めて参加する前、庵に問い合わせた。

「“出入り自由”“ドタ参・ドタキャンOK”ながら定員100人と書いてあったので、もしかして入れなかったら、交通費と時間が無駄になってしまう。ここに入れなったら、つながりがないまま戻ることになるのではないかという恐怖があったんです」

 初めての受付では、ネームプレートにニックネームを書く機会も説明もなかったので、少しどぎまぎした。会場に入ってもどうしていいかわからずにいたところ、ファシリテーターらしき人に声をかけてもらえたので、席に着くことができた。

 最初は、自分のことを他の当事者たちと話すことが怖かった。内輪みたいに話している人たちもいて入りにくかったし、自分を明かすのが怖かった。しかし、隣に座った当事者の参加者が「初めてですか?」と話しかけてくれて世間話ができた。それまでは、前向きで明るい感じがして、自分がここで発言していいのだろうかと思っていた。

 Bさんが選んだのは、「あなたの町に居場所をつくろう」というテーマのテーブルだった。交通費をかけて、当事者たちに会いに都内まで行くのはきついものがある。自分の街につくってしまえば、同じような状況の人たちと会えるのではないか。庵とのつながりも、運営側に入ればつながることができる。必死で居場所づくりのテーブルに行った。

 ここで食いついていかないと、つながりができない。元の状況に戻ってしまう。「この人たちと一緒なら面白いな。今日の関係を無にしてはいけない」と思い、会の最後には、「自分の地域に居場所を立ち上げる」ことを決めた。

「話しかけてくれたことが大きいし、“3人くらのグループを作って居場所をやりたい人、手を挙げて!”と呼びかけられて、気づいたら手を挙げていた感じです。ここで手を挙げておかなかったら、つながりはつくれないと思ったんです」

 その後、庵には毎回参加。半年後、Bさんも、地元で開かれた「ひきこもり大学全国キャラバン」で講師を務めた。

 そして、前出の全国交流会でも、マイクを持って話をした。

「元々、人と比較する家庭環境ではなかったし、学校にも行く必要を感じていませんでした。最初の庵で自分の主張を笑われずに真剣に受け止めてくれたおけがで、あまり恥ずかしさを感じることもなかったのかもしれません」

 Bさんは、大学時代、学園祭で実行委員をしたことがあった。当日の交流会でも、「差別をしないような面白い人たちと楽しいノリでできたら…」という昔の楽しかった頃の空気を思い出したという。

 勇気を出して最初の一歩を踏み出した時に、多様な人たちのそんなコミュニティとつないでくれる理解ある媒介者や、それぞれが本来持っている潜在能力を引き出してくれる仲間たちの存在が、きっと自らの意思で人を変える源泉にもなり得るのだと思う。

※この記事や引きこもり問題に関する情報や感想をお持ちの方、また、「こういうきっかけが欲しい」「こういう情報を知りたい」「こんなことを取材してほしい」といったリクエストがあれば、下記までお寄せください。
otonahiki@gmail.com(送信の際は「@」を半角の「@」に変換してお送りください)