「文京」とはやや珍しい区名だが、これは「文の京」「文教(学問)の府」であることを象徴したものだ。その名にふさわしく、東京大学をはじめとする高等教育機関が数多く所在し、出版関連の事業所も多く有する区。そして、小石川後楽園、六義園(りくぎえん)のような名庭園もある。

「学問の府」の象徴である
「文京区」の名前の由来

 文京区は、1948(昭和23)年、東京都の区部が22区(後に23区)に改編された時に、旧・小石川区と旧・本郷区の両区が合併して誕生した。

 「帝国大学」(後に「東京帝国大学」、現「東京大学」)が旧本郷元富士町の加賀前田屋敷跡に開学したのは、明治10年のことであった。現在の文京区に当たる地域は、江戸時代には大半が武家地によって占められていた。明治時代に入ると、それらの広大な武家屋敷の跡地は大学などの教育機関の敷地や軍用に転用されていく。

 それに先立ち、区域内には幕府の最高学府「昌平坂学問所」があり、官学の府ともいうべき湯島聖堂があった。「文京(文教)」は、すでに江戸時代にして基礎づけられていたのである。

 昌平坂学問所跡に師範学校、女子師範学校が設立され、東京大学が現在地に移転を完了し、文教地区文京の特色をいよいよ鮮明にしていった。一方、水戸徳川家の上屋敷内の庭園が現在の小石川後楽園となり、甲府の柳沢家の下屋敷庭園が六義園となったことから、貴重な緑地を保全することにつながった。

 「文の京」と言えば、やはり、学校。この区には、私立学校が充実している。区域が広くないにもかかわらず、私立の中学校、高等学校、ともにその数は23区中第2位である。また、この区にある高等学校(国・公・私立)の生徒の大学等進学率を見れば、男子では70.6%で23区のトップに立つ。