この安保法制が現実に施行された後、日本の安全保障政策が実際にどう転換されていくのか、特に参院選後の安倍政権の動きは注視すべきである。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているという現状認識の下、安倍総理は新安保法制の必要性を説いた。本来、必要だからといって憲法を無視することは許されないのは言うまでもないが、この安保法成立後も安倍政権の支持率がさほど落ちていないことから、実は多くの国民は安保法制にさほど反対していない、またはさほど関心がないと言える。

 もし本当に大多数の国民が反対しているなら、選挙を気にする政治家が無視できるはずがない。「アベ政治を許さない」という言葉がいくら流行語大賞にノミネートされたところで、その声がマイノリティでしかないことを与党はよくわかっている。

 筆者個人の考えを述べれば、新法と10本の改正法を束ねて可決成立させた今回の安保法の中には、確かに自衛隊の活動に必要な改正も含まれていると思う。ただ、大きな争点となった集団的自衛権の見直しについては、安全保障政策がリスクとコスト・有効性を天秤にかけて決めるとするならば、たとえばテロとの戦いに巻き込まれる可能性も含めて、明らかに低いリスクに対して膨大なコストをかけようとしてはいないか。この自説は、以前ダイヤモンド・オンラインに寄稿した筆者の記事『安保法制と安倍談話で考える、日本は「あの戦争」から学んでいるか?』の中で紹介した。

 いずれにせよ、多様な論点をひとくくりにして成立させる国会運営のやり方は、「強行」と批判されても仕方ない面もあったと思う。

 また、合憲性の疑義が論じられてもなお安倍政権への支持率がさほど下がらない背景には、多くの国民が現行憲法をそこまで頑なに信じているわけではないという事実も暗示している。ただ単に、厳しすぎる改正規定のために改正できずにいるだけで、多くの人は現行憲法に執着しているわけではないということかもしれない。

永遠に「安泰」な憲法なんてない
今こそ憲法を見つめなおすとき

 日本国憲法第96条は、改正規定についてこう定めている。

「法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」