280万部のベストセラー『もしドラ』第2弾、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称:もしイノ)が、前作から6年の歳月を経て発売。好調な売れ行きですでに10万部を突破しました。同書について、著者の岩崎夏海さんと夏野剛さんが対談しました。大事なページに折り目をつけて、『もしイノ』を読み込んできた夏野さん。夏野さんから見た日本企業の問題点を、『もしイノ』の内容を例に出しながら解説していきます。
(構成:崎谷実穂、写真:京嶋良太)

なぜ日本ではイノベーションが起きにくいのか

夏野『もしイノ』、おもしろかったです。これって、ドラッカーの理論の具象化なんですよね。日本人ってけっこうドラッカー好きが多いですが、読んでいるだけで実践している人はほとんどいないでしょう。この本の中で、『もしドラ』の著者は「北条文乃」という『もしドラ』の登場人物ということになっているので、一見それが岩崎さんなのかと思いますよね。でも、岩崎さんが自分を重ねているのってじつは、主人公の親友であり、野球部を再興しようと言い出す「児玉真実」なんじゃないですか?

岩崎 その通りです。この小説はドラッカー理論の具象化を試みたものであり、物語を最初に動かしていくのは真実なんですよね。僕は『イノベーションと企業家精神』を読んで、これを現実にどう落とし込めるのかということを徹底的に考えました。自分が野球部のマネージャーなり監督だったら、何をするだろうかと。僕の武器はアイデアを出すことなので、それを盛り込んだのが『もしイノ』です。

夏野剛(なつの・たけし)
1965年生まれ。NTTドコモ在籍時に「iモード」や「iアプリ」「デコメ」「キッズケータイ」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げる。2008年にドコモ退社。現在は慶應義塾大学政策・メディア研究科の特別招聘教授を務める傍ら、上場企業6社の取締役を兼任する。2014年6月東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与へ就任し、さらに活躍の場を広げる。

夏野 本では具象化のことを「干物を水で戻す」と表現されてますね。ドラッカーの言葉を煮てやわらかくし、食べられるようにする。『もしイノ』は、60歳前後の地位のある方々に読んでもらいたいですよ。できれば『もしドラ』とセットで。彼らはここに書かれていることが、全然できていないんです。

岩崎 それによって、日本経済が立ちいかなくなってきているのでしょうか。

夏野 日本のイノベーションの花盛りは、戦後の復興期なんですよね。その時期は、具体的にアイデアを出して、行動しないと、企業は生きていけなかったから。経営者が自らそれをやっていた。高度成長期に入ったら、それまでやっていたことの軌道線上で大量生産をすれば、とりあえず製品はバンバン売れた。ここで、日本の経営がダメになってしまったんです。でもその流れは、1985年のプラザ合意によって終わります。その後もしばらくは慣性がはたらいていたんだけど、バブルの崩壊で完全に終焉しました。ここまでの間で日本企業は、イノベーションがまったく出ない体質になってしまったんです。

岩崎 前にやっていたことをそのままやっていれば、業績が右肩上がりになるというパターンから抜け出せなくなったからですか?

夏野 そうです。過去5年のトレンドに基づいて、次の5年を考えるというシステムが、完全にできあがってしまった。新卒一括採用で、終身雇用を保証するのも、それに合わせた仕組みです。ところが、1991年以降、「去年と同じ」は通用しなくなった。そうすると、普通は変えなければいけないと思いますよね。でも、その時の経営陣というのは、過去からの延長線上でものごとを考える人だけで構成されているので、変えられないんです。だましだまし、現状を維持しようとする。高度成長期のシステムを、いかに長生きさせられるかということしか考えられなくなってしまいました。

岩崎 東芝やシャープの不振はそこから来ているんですね。

たくさんの人を船に乗せたほうが、ビジネスは成功する

夏野 今回『もしイノ』の設定でおもしろいと思ったのは、甲子園に出場したことのある野球部が1回消滅したというところです。これ、もしほそぼそと生き残っていたら、主人公たちがいくらがんばっても、イノベーションは起きなかったと思うんですよ。

岩崎 夏野さん、さすが、するどいです。これ、最初は野球部が生きながらえている設定にしていたんです。でも、それでは3年で改革するのは無理だなと思って、ストーリーを組み立て直しました。

夏野 ですよね。そうでないと、いきなりマネージャーが全権を掌握するなんてこと、できないですもんね。僕は、『もしドラ』が2009年に出た時、10年早く出ていたらなあと思ったんです。そして、今回の『もしイノ』はベストなタイミングだと思います。もう、日本の産業はダメになってきているって、みんなが危機感を覚えているでしょう? しかも、2020年のオリンピックを控えて、変化を起こさないといけないという機運も高まっている。このムードに『もしイノ』はぴたりとはまりますよ。

岩崎 僕もそういう雰囲気は感じているんですよね。『もしドラ』を出してから、いろいろな人から「やはりイノベーションを起こさなければいけない」ということを聞くことが多くなったんです。

夏野 やっぱり、オリンピックがあるというのは大きいと思うんです。そこまでは景気もいいし、いろいろ新しいものが生まれるという、期待感があるんですよね。だから、僕はオリンピックが終わった後こそ、本当に日本が大変な状態になると思っています。国全体がバーンアウト症候群になる可能性がある。そうすると、イノベーションが起きづらいんです。『もしイノ』に、人を説得する際のテクニックとして「トム・ソーヤーのペンキ塗り」の話が載っていますよね。

岩崎 楽しそうにペンキ塗りをやってみせると、まわりが「手伝わせて」と言ってくる。さらにそれを禁止すると、ますますまわりはそれをやりたくなる、という手法ですね。

夏野 期待感、高揚感がないと、楽しそうなことをやっていても、誰ものってこないんですよね。人を巻き込む力って、じつは環境にもかなり左右されるんです。

岩崎 人を巻き込む、説得するということの難しさ、重要性については、『もしイノ』でも大きく扱っています。夏野さんは日本人には珍しいタイプというか、人をのせていく力がある方だなと思うんですけど、それはどこから来たものなのでしょうか。

夏野 どこから来たのか……僕ね、最初にインターネットのビジネスをやったときに、大失敗しているんです。それは『社長失格』という本に、わりと詳細に書いてあるんですけど。そのときは、他社を抑えこんででものし上がっていくのがベンチャーのやり方なのかと思っていたんです。でも、それではダメだった。むしろ、いろいろな人を巻き込んでいったほうが成功確率が高いんじゃないか。そう思って次にやったのが、iモードのプロジェクトでした。当時の僕は、「泥船もたくさんの人を乗せれば、金に変わる」と言っていたらしいです(笑)。その時の部下が言っていました。

岩崎 たしかに、たくさんの企業が関わってくれれば、成功への推進力は高まりそうですね。

夏野 ちょうどインターネットの勃興期でもあって、短期間にたくさんの企業がのってくれました。そうすると、こちらが思いもよらないような展開が出てくる。予想外の提案が持ち込まれたりね。

岩崎 ドラッカーが言うところの、イノベーションが起きる時の7つの機会のうちのひとつ、「予期せぬことの生起」ですね。

夏野 そうなんです。これって、ニコニコのビジネスもそうで、チャンネルやブロマガなどをつくって、人がのってくれているうちはこのサービスは成功する。のってくれていた人たちに見限られた時は、何かがおかしいんです。エコシステムがまわっていない。サービスに魅力がなくなっている。ユーザーにも良いコンテンツが届けられない。だから、放っておいてもまわりが「のりたい」と言ってくれるプラットフォームをつくることが、僕のビジネス哲学になったんです。