マネージャーの仕事はやはり「居場所」づくり

岩崎 早実のシンボルというと、僕は王貞治さんを思い浮かべるんですが、荒川博さんがコーチ時代、王選手のことを「あんな素直なやつはいない」といったという逸話があります。王選手は「右打席より左打席がいい」と荒川さんに言われ、その場で左に直して打った、その素直なところがいいところだと言ったというんです。ところが、川上哲治さんは監督時代に、「あんな頑固なやつはいない。何を言っても聞きやしないんだ」と発言したと言い、それを聞いて、不思議だなと思いました。

布施 それは王さんが選手として成熟していたからではないでしょうか? 人間は、自分が認知できていることしかコントロールできません。例えば、自らが怒りっぽいことを知っている人は、人前で怒るとまずいので、怒らないようにコントロールする。でも怒りっぽさに気づいていない人は、急に怒り出したりする。どちらが成熟しているかといえば前者です。自分がわかっているから感情をコントロールできる。

 また、人間は素の自分ですべての行動を起こすわけではないですよね。少なからず、演じている。選手であれば、選手像としての自分をつくって演じているものです。最近でも、ジャイアンツで代走を務める鈴木尚広選手が、代走のチャンスが来たときに“もう1人の自分”が客観視している、素のままでいたらとても走れないなどと話していました。まさにその通りで、誰しも素の自分が大舞台にそのまま出て行ったら怖いものです。

 王選手はその点、すごく成熟した人格者であって、人格者というものは自己認識をしていて相手に合わせながら、今あるべき自分を見せられるもの。しかも単に相手に合わせるだけでなく、芯があり、その芯をどう見せていくかまでわかっている。必要に応じて見せられている。だから素直にも頑固にもなれたんですよね。

岩崎 その意味では、『もしイノ』に出てくる真美は、芯はあるけどなかなかうまくいかなかった。でも夢が、真美の芯の部分をこういう見せ方をしたらどうかと提示する。すると、むき出しだった真美の芯が、うまく出せるようになった……。そう考えると、マネージャーの仕事の1つは、個々のマイナス部分をどう見せればいいかを提案し、それによってこういう風にチームに貢献できる、成果に貢献できるという、演出の仕方を提示するということでもありますね。

布施 やはりマネージャーの仕事は『もしイノ』に出てくる通り、「居場所」づくりなんだと思います。いわばプロデューサーの仕事。コーチはすでに居場所があって、その場を使いながら気づかせてあげる仕事です。

 本来は、マネージャーの仕事とプロデューサーの仕事は分かれているべきですが、日本の学生野球、特に高校野球の場合は、プロ野球のように何人もコーチがいるわけではないので、マネジメントを担う監督が両方やるケースが多いですね。

 そのうえ、高校野球のマネージャーというと、おにぎりをつくったり洗濯をしたりとまるで雑用係のように思われます。そうしたことも仕事としてあってもいいですが、マネージャーの本質は雑用係ではない。本来やるべき仕事は、各部員の芯をきちんと見てあげて、それぞれに居場所をつくっていくことなんだと思います。

(後編は2月2日公開予定です)