『もしイノ』を実際のチームでどう応用するか?

岩崎 スポーツの場合は結果が出やすいので、結果からフィードバックすると、自分たちの頭の固さがパフォーマンスを低めていたことにも気づきやすいですね。それをマネジメントの力でやっていくと、うまくいく。レギュラーの選手もそれ以外の選手も、勝ちたいという気持ちは共有しているんです。

マネージャーの最も大切な仕事とは?<br />『もしイノ』を使って、強いチームをつくる<br />

布施 体力面や技術面で、プレーヤーとして自分がなかなか勝利に貢献できない選手はもちろんいます。そうした選手でも、他のチームを研究する役割を果たすことができる。実際、勝つためには優秀なプレーヤーだけでなく、チームを強くするための「違う道筋」を考える人材も必要です。両方が必要だという共通認識が持てれば、プレーヤー以外の心の壁も取り払われ、それぞれに居場所ができます。まさに、『もしイノ』に書かれていることですよね。

『もしイノ』では、グラウンド整備専属部員の姿が描かれています。グランド整備は、僕らの時代から、おそらく野球部に入るのをためらう最大の要因にもなり得るほどつらいことの一つだったと思うんですが(笑)、『もしイノ』では部員が「日本一のグラウンド」をつくろうとするわけです。その意識が、選手からは「こんなメジャーリーグのようなグラウンドなら、毎日練習が楽しいよね」と言われることにつながり、グラウンド整備をする側もさらに良いグラウンドにしていこうと考えるようになる。そういうチームが強いと思うんですよね。

岩崎 そうですよね。『もしイノ』で書いたことは、現実のチームでも応用できると思いますか?

布施 私は『もしイノ』は、ある意味、チームづくりにおける背骨に当たる部分を書かれたんだと思います。そして、それを高校生が読んでもわかる言葉に置き換えて見せた。それは僕の仕事にも通じるもので、例えばスポーツ心理学を学問として提示しても、選手には理解できないんです。選手にわかる言語に置き直し、ラグビーならラグビー、野球なら野球の言語に焼き返す作業が必要だと思っています。応用スポーツ心理学とはまさにそういうものです。

 おそらく今の高校生が実際にドラッカーを読んでも、ピンとはこないでしょう。「これはお父さんたちの仕事だよね」となってしまいかねない。それを岩崎さんは「自分たちの言葉」に置き換えてくれた。だから身近に感じられるし、理解もできるので、読んだ人は自分なりに十分応用できると思います。

岩崎 ありがとうございます。僕は、自分の仕事を通訳と考えています。同じ日本語で書いてあっても、ドラッカーの言葉は高校生にはなかなか通じない。だから、彼らの言語に置き換えることを考えました。

布施 だから、岩崎さんが提示した骨格にどう肉付けしていくか、野球でもラグビーでも、実際の高校生チームや大学生チームがどう応用していくかですよね。それが楽しみであり、課題でもあるんだと思います。いっそ、その応用の工夫をコンクールにしたらどうでしょう。面白いと思いますよ。

岩崎 コンクール、非常にやってみたいですね! 彼らと話したら新たな視点が生まれてくるように思います。

早実の強さの秘訣はオープン性

布施 チームのマネジメントを考えるときに、勝利とは何かということをしっかり定義することが重要です。例えば「甲子園で優勝」という結果だけを目標にするのでは、マネジメントはうまくいきません。

マネージャーの最も大切な仕事とは?<br />『もしイノ』を使って、強いチームをつくる<br />

岩崎 確かに、「甲子園で優勝」という定義では、長期的には燃え尽きるチームもありますね。高校野球でいえば、PL学園という一時代を築いた学校が、廃部の危機に陥っているように。

 ところで、それとは別にぼくがもう一つ問題だと思っているのは、PL学園のような一時代を築いた強いチームが、その強化方法を他校など外部と共有しなかったことです。そのため、高校野球全体のイノベーションがなかなか進まなかった。日本人はすばらしいアイデアがあっても、それを独占する秘密主義の傾向があり、人と共有したがらない。それが野球なら球界全体が進化していかない要因でもあり、あるいは日本のスポーツチームが強くならない理由になっているようにも思えます。

布施 いいアイデアが共有されることは確かに大事で、その点、早実はどちらかというとオープン性があるのではないかと思います。早実は甲子園の第一回の時代から、清宮幸太郎選手の時代まで、100年間、強いチームであり続けていますが、これは組織としてすごいことですよね。

 実は早実の出身選手たちは、早稲田大学以外に進むケースも多いんです。例えば中央大学野球部の総監督の宮井勝成さんは自身も中央大学、大矢明彦さん(ヤクルトスワローズで元監督)は駒澤大学ですし、石井丈裕(後に西武ライオンズで沢村賞投手)という荒木大輔の控えのピッチャーは法政大学など、さまざまです。こうした早実出身者は、行った先々で早実で学んだことを伝えていくんですが、それは大切なものは外と交わることによって化学変化が起きたり、気づきがあるとわかっているからこそだと思うんですね。逆に早実側は、自分たちがこうとらえていたことを、ある高校はこういう風に進化させた、負けられない、と気づきを得る。そのオープン性が強さの秘訣の一つなのではないかと思います。