『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称:もしイノ)の刊行を記念して行なわれた、著者の岩崎夏海さんと夏野剛さんの対談の後編です。イノベーションを起こせる組織はどうやってつくるのか。イノベーションに「型」はあるのか。『もしイノ』の内容やドラッカーの考えをもとに、話が展開していきます。
(構成:崎谷実穂、写真:京嶋良太)
日本人の90%はイノベーションが嫌い?
岩崎 今回、『もしイノ』を書くにあたって、高校野球のことを改めて調べたんです。すると、「甲子園に出る」という目標が、最大化してしまうことの弊害があることに気づきました。甲子園に出ることの価値が大きすぎるんです。
夏野 そうなると、予選を勝ち抜くことに全力を注ぐわけですよね。視野が短期的になってしまうんでしょうか。明日の一戦を勝つことに最適化する。勝ってからどうするかは考えない。なんだか、日本の大学入試みたいですね。
岩崎 政治家が「経済成長すればなんとかなる」と言うのと、似たものを感じます。
1965年生まれ。NTTドコモ在籍時に「iモード」や「iアプリ」「デコメ」「キッズケータイ」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げる。2008年にドコモ退社。現在は慶應義塾大学政策・メディア研究科の特別招聘教授を務める傍ら、上場企業6社の取締役を兼任する。2014年6月東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与へ就任し、さらに活躍の場を広げる。
夏野 たしかに。政治家は国を悪くしようとしてなる人なんていないはずです。長期的なゴールとしては、日本を良くするために働いているんだけれど、短期的な「票がとれる」「波風立たない」などの動機で動いてしまっている部分が大きい。
岩崎 その利益が魅力的すぎるんですよね。甲子園に出る、みたいなもので。
夏野 短期的な条件をクリアしないと、政治家として長期的にも生き残れないし。そう考えると、高校野球の「甲子園に出るのが最大の目的」問題は、いろいろなところに見受けられますね。『スター・ウォーズ』で、ダークサイドに落ちる人と落ちない人がいるじゃないですか。これって今の話から考えると、「この世界を良くしたい」など長期の目的を持っている人は落ちないんですよ。短期の最適化を目指して、「強大な力が欲しい」と思っている人は、暗黒面に飲み込まれてしまう。
岩崎 東芝の不正会計事件も、おそらくそうですよね。歴代の社長たちは目の前の最適化を続けていたら、いつのまにか取り返しの付かないことになっていた。
夏野 そう、まわりの環境が変化して、それは「良くないことだ」と認識されるようになったのに、本人たちが気づいていなかった。だから、『もしイノ』のマネージャーたちがはじめにやったように、現状を分析して、ギャップを認識するというのはどんな組織においても大事なことなんですよね。でも、難しいのは日本人の90%はイノベーションが嫌いなこと。
岩崎 イノベーションって、それまでの自分を否定することですからね。でも、イノベーションは必要なんです。組織としてイノベーションを起こすには、夏野さんはどうしたらいいと思いますか?
夏野 10%のイノベーション好きを、組織の上に引き上げることですね。「ここを変えたらあなたの仕事がなくなるよ」と言っても「おもしろいからいいじゃん」と言って実行するタイプの人が、10%は存在しているんです。そういう人を見つけて、幹部職に登用する。
これからの時代は“民営化”が必要になる
岩崎 アメリカではそういうことをやっているんですか?
夏野 アメリカではイノベーションが好きか嫌いかはどうでもよくて、ただ業績が上がればいいんです。業績が悪くなったら、替えられてしまうので。そうなると結果的に、次にその地位についた人は、イノベーションを起こさざるを得ない。だって、今までのやり方でダメだったのだから。経営者というのはすごく責任がある代わりに、報酬もでかいという地位なんです。だから、みんなが社長になりたいという国じゃないんですよね。日本だと、社長はラッキー賞みたいなものでしょう?
岩崎 経営者という職業の捉え方が、そもそも違うんですね。だからこそ、アメリカではイノベーションの芽が育ちやすい。
夏野 外から企業を買ってきてでも、イノベーションを起こそうとしますよね。
岩崎 日本の大企業でもそれが起こったらおもしろいですよね。
夏野 でも日本の大企業では、経営者は基本的に前任者が指名するでしょう。そして、前任者が相談役などで、会社に残っていたりする。お金はいらないけれど、秘書と車と部屋だけはくれと。それって、居場所を残してくれということなんですよね。前の人が居座っていると、過去からの連続性を断ちきるのはむずかしい。
岩崎 日本ではよっぽど大きな外的要因がないと、変化を起こせないんですね。明治維新や戦争があったときは、その外的要因によってイノベーションが起きた。でも、内部からそれを起こすことができないんですね。
夏野 内部からイノベーションを起こせる組織をつくるというのは、究極的な目標です。それは企業だけでなく、社会全体にとっての目標でもある。今の時代、公共の概念が問われるようになってきました。営利が関係ないところにどうやってイノベーションを埋め込んでいくかという、制度設計が必要です。
岩崎 ドラッカーもそういったことに言及していますね。非営利の世界こそ、マネジメントやイノベーションが必要であると。
夏野 『もしイノ』でも野球部を“民営化”するという箇所がありますよね。役所なども、営利化するという意味の民営化ではなく、民営化と同じことができる仕組みを考えついたら、それはすばらしいイノベーションだと思うんです。
岩崎 目的意識があり、自浄作用の働く公共機関が成り立ったらいいですよね。
夏野 僕はそれに関連して、公務員は全員10年の任期制にしたらどうか、と考えているんです。専門職は別として、一般の公務員は一律で連続10年しか勤められないことにする。20代を公務員として過ごしてもいいし、50代から自分の知識を活かして活躍してもいい。癒着も防げるし、人件費も抑えられる。そうすると、イノベーションが勝手に起こると思うんですよね。