江田氏は、みんなの党分裂時には、新自由主義的な改革志向が強すぎ、第一次安倍政権の行革担当相で首相と近い関係でもある渡辺喜美氏と別れた。次に、「結いの党」を結党して、「維新の会」に近づき、改憲論者である石原慎太郎氏、平沼赳夫氏らを追い出した上で、橋下徹大阪市長らと合流して「日本維新の党」を結成した(第92回・5p)。更に、元民主党の松野頼久代表を前面に立てながら、安倍首相に共感が強い橋下氏と袂を分って、民主党内の「政界再編論者」である前原誠司元代表や細野豪志政調会長らに接近していった(第119回)。

 一方、民主党側には岡田克也代表など、維新の党との合流に慎重な勢力が存在した。だが、結局民主党も野党分裂では選挙が戦えず、維新の党の接近を受け入れざるを得なかったのだろう。

「世界最強の包括政党・自民党」に勝つには
大きな「反自民」勢力の形成が必要だが……

 民主・維新の合流が示すものは、政治家は選挙がなによりも大切だということだ。これから始まる両党の協議において、党名の問題や、候補者調整や政策のすり合わせなどでいろいろと揉める可能性はある。だが、少なくとも参院選の前に再分裂は起こらない。既に、新党の代表選が参院選後に先送りされることになっている。党内の政策的な方向性の不一致を、代表選というガチンコ対決で決着をつけるようなリスクを避けるということだ。その意味では、両党の合流が失敗することはない。

 両党の合流によって、1つの選挙区内に野党の候補者が乱立するという事態を避けられれば、安倍政権への批判票を一定程度吸収できるだろう。これまでの国政選挙3連敗時よりは、野党が善戦できる可能性は高まったといえる。

 そもそも論だが、民主主義国で最も長期間政権を維持してきた自民党という世界最強の「包括政党」(キャッチ・オール・パーティ=なんでも支持者に取り込む政党)を相手にして、政策だけを武器に戦いを挑むのは難しい。自民党はこれまで、野党の政策を横取りして、それに予算をつけて、野党の支持者を取り込むことをよくやってきた。

 古くは、1971年に「環境庁」を設置して公害問題への本格的な取り組みを始めたことや、1973年に田中角栄首相が「福祉元年」を宣言し、70歳以上の高齢者の医療費を無料にしたり、受け取れる年金の金額を上げたりして、野党の支持者を奪ったことが事例として挙げられる。