蔵書検索してから
目的の書架に向かうこと

 図書館の蔵書は図書館分類で機械的に配架されているので、書店店頭のようにながめているだけでは勘が働かない。書店の場合は担当者の意思によって配架されているので、意思をつかめば、ながめているだけで本とコミュニケーションが可能だ。図書館では分野別に分けられ、同一分野の中で著者の五十音順に配架されている。こんな分類をいくら眺めても意味はない。

 そこで、蔵書データベースで関心のあるテーマを検索する。「人工知能」「金融政策」など、ざっくり検索するとざっくり多数の本が出てくる。その検索結果を元にして書架へ行く。該当する本を取り出す。で、ちょっと後ずさりして、その書架の半径2メートルくらいを見回す。すると、近い主題の本が複数浮かんでくる。こうして勘を磨くのである。半径50センチではだめだ。著者50音順の配列の範囲だからである。

連載第1回に少し書いたが、すべての図書館には「閲覧室」がある。閲覧とは、「調べながら読む」という意味であり、1冊の小説を延々と読むという意味ではない。本来の意味は、大量の本や資料を斜め読みして、必要箇所を探索する部屋である。大量の本を積み上げ、次々に閲覧できるから図書館は便利なのである。

 かといって、繰り返すが、1冊の本を長時間かけて読んではいけない、と言っているのではない。何をしようが自由だが、ビジネスパーソンはもっと図書館を有効に、本来の機能を使い尽くそう、と言いたいのである。

 ふつう、私たちは大量の本を閲覧する機会はほとんどない。そこで、そういう機会を自分に強制するのである。

あらゆる課題に対して
大量の本で「大袈裟な準備」を

 この方法を教えてくれたのは清水幾太郎の『本はどう読むか』(講談社現代新書、1972年)だった。

 清水幾太郎(1907-88)は、戦前は「朝日新聞」「読売新聞」の記者・論説委員、戦後は学習院大学教授をつとめたジャーナリストであり、社会学者だった。文章の達人で、読書論や文章論の本も多数ある。1960年代から70年代に社会的な影響力をもった知識人だった。彼は本書でこう書いている。