即断即決は弱者には不利?
川村 統計学において人間が持っている「曖昧にしておきたい感情」みたいなものが敵になったりはしないんでしょうか? 会社でも国家でもトップの人間ほど、明確な根拠を否定しがちな気がします。はっきりしてしまうと都合が悪かったりするから。
西内 そこに関しては、ある行動経済学者が書いた『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(※ダニエル・カーネマン著)という本があって、ファストというのはすぐに判断すること、スローは数などを使ってゆっくり考えることを意味しているんですが、合理的な判断にはスローの方がいいのに、だいたいがファストで答えていると説いています。
川村 なんでも即断即決の方がよいというのは誤解ですよね。
西内 そっちの方が省エネだからなんですが、実は若くて何も持っていないような立場からチャレンジする場合、いろいろなことがスローで決められた方が有利なはずなんです。ファストだと付き合いの長い人だから大丈夫とか、根拠もないのに今さら変えるのもいやだ…みたいなことになりがちです。
川村 ファストの方が既得権益層に有利なんですね。
西内 はい。そう考えたときに、政治的に振る舞うというのも一つの選択肢なんですけど、それよりは日本全体がもっと普通にデータを使うようになって、個人の人生もいい方に転がせるようになるのがいいなと。
川村 データというのは強い人が使うものに思えるけど、実は弱い人が勝つためにあるんだっていうことが広まるといいなと思います。僕は『マネーボール』というブラッド・ピット主演の実話ベースの野球映画が好きなんです。高いお金で買ったスター選手ぞろいのヤンキースに対して、弱小でお金がないアスレチックスがデータを使って選手を集めて、互角に戦うところまでいくんですよね。
西内 勝ち方を選手に伝えるにしても、統計学でそれをルール化すれば、労力を減らせます。あと、世の中の移り変わりがこれだけ速いと、ある時期にワークした勘がすぐに通じなくなったり、変化に付いていけない側面もある。
川村 突然打てなくなるバッターがいるように。
西内 そのパターンは商品開発とかでもありがちで、無意識のうちにセンスのずれたことを堂々とやるケースがいろいろな企業で見受けられます。でも、それは自分の勘が働きづらいところで勝負しているからで、そういうときにデータが裏付けになったり、注意を促す防波堤になったりします。
川村 統計は、よくすることに寄与するだけでなくて、調子が悪くなったときにリカバーするためにも役立つ気がしますね。
西内 これは僕の仮説なんですけど、普段3割を打っている野球選手が2試合ノーヒットなだけで「調子が悪いのかな」と考えてフォームを改造する。でも、3割というデータは7割は打たないということでもあって、そうなると、たまたま2試合ノーヒットってこともシーズン中には普通にあり得るんです。だから「そんなときもあるよね」とやり過ごせば、また普通に打てるようになるかもしれない。
川村 思い込みやこだわりが、マイナスに働くことは確かに多い気がします。7割は打てないってことを肯定する方が大事なんですよね。
統計家
1981年兵庫県生まれ。東京大学医学部卒業(生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、現在はデータを活用するさまざまなプロジェクトにおいて調査、分析、システム開発および人材育成に従事。著書に2014年のビジネス書大賞を受賞し、シリーズ40万部を突破した『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』(いずれもダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)ほか多数。
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、東宝にて『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『寄生獣』『バケモノの子』『バクマン。』などの映画を製作。2010年米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、翌11年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。同書は本屋大賞へのノミネートを受け、100万部突破の大ベストセラーとなり、佐藤健、宮崎あおい出演で映画化された。13年には絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』を発表し、同作はNHKでアニメ化され現在放送中。14年には絵本『ムーム』を発表。同作は『The Dam Keeper』で米アカデミー賞にノミネートされた、Robert Kondo&Dice Tsutsumi監督によりアニメ映画化された。同年、山田洋次・沢木耕太郎・杉本博司・倉本聰・秋元康・宮崎駿・糸井重里・篠山紀信・谷川俊太郎・鈴木敏夫・横尾忠則・坂本龍一ら12人との仕事の対話集『仕事。』が大きな反響を呼ぶ。一方で、BRUTUS誌に連載された小説第2作『億男』を発表。同作は2作連続の本屋大賞ノミネートを受け、ベストセラーとなった。近著に、ハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議を収録した『超企画会議』などがある。