去る6月末に米国内で10人のロシア人スパイが逮捕されたが、両国はその後すばやく行動し、事件の早期解決を図った。逮捕後わずか11日という異例の早さで米露政府がスパイ交換に合意したのはなぜか、この事件は冷戦時代のスパイ事件とどう違うのか、米国内では今でも多くの外国人スパイが活動しているというのは本当なのか。ワシントンの有名な国際法律事務所でパートナーを務め、CIA長官の外部諮問委員会メンバーなども兼務するフランシス・タウンゼンド弁護士に聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)

東西冷戦後最大!ハリウッド映画さながらの<br />米露スパイ大事件はなぜ今さら起きたのか?<br />~フランシス・タウンゼンド元米大統領補佐官に聞くフランシス F. タウンゼンド
(Frances F. Townsend)
ワシントンの有名な国際法律事務所「ベーカー・ボッツ」でパートナー弁護士として働くかたわら、CIA長官の外部諮問委員会メンバーやCNNテレビの安全保障担当コメンテーターなどを務める。1988年にニューヨーク郡連邦地方検事となり、国際犯罪・ホワイトカラー犯罪を担当。以来、法執行機関からテロ対策、防諜対策などの分野で活躍し、ブッシュ政権下では国土安全保障・テロ対策担当の大統領補佐官を務めた。

―FBIはロシア人スパイを10年以上にわたり追跡していたというが、なぜこのタイミングで逮捕したのか。しかも容疑はスパイ罪ではなく、マネーロンダリング(資金洗浄)だった。

 この種の事件ではFBIは通常、長い時間をかけて追跡調査を行う。その理由は第一にスパイネットワークの規模や関与している人数などを把握するためだ。多くの場合、1人か2人のスパイを長く監視していれば、それがわかってくる。

 二つ目は彼らが米国内でどのような人物に接触するかを突き止めるためで、それによってどんな情報を入手しようとしているのかがわかってくる。

 今回、10人のロシア人をマネーロンダリングで逮捕したのは、スパイ罪は特別の法令で有罪を立証するのが非常に難しいからであろう。被告が国防機密情報などを入手しようとしたという確かな証拠がなければ有罪にはできない。

 だからFBIはもっと簡単に容疑者を有罪にして国外退去処分にできそうな罪状を選んだのではないか。

東西冷戦後最大!ハリウッド映画さながらの<br />米露スパイ大事件はなぜ今さら起きたのか?<br />~フランシス・タウンゼンド元米大統領補佐官に聞く米国からロシアのスパイ団が国外退去となった今回の事件で、「美人すぎる女スパイ」として一躍有名になったアンナ・チャップマン(28歳)。米国では、玩具メーカーからチャップマンをモデルにした美人スパイ人形まで発売された。Photo:Splash/アフロ

―アンナ・チャップマン(左の写真の人物)など3人は米国内で実名を使っていたが、スパイとしては珍しいのではないか。

 それは状況による。たしかに自分の身分を絶対に知られたくない“ディープカバー”のスパイなどは偽名を使うことが多く、偽のパスポートで外国を旅行したりする。

 しかし、過去に情報機関で働いたことがまったくないような場合はあえて偽名を使う必要性もない。誰も彼らを情報機関から送られたスパイとは疑わないだろうからだ。

 アンナ・チャップマンの場合もまだ若く(28歳)、情報機関で働いた経験はなかった。彼女はある面でその経験の少なさを逆手にとって、米国内で活動していたといえる。