生活保護に対する「バッシング」
誰がしている?その中身は?

 別府市の「生活保護ならパチンコ禁止」に関する、本連載での最初の記事では、末尾で「別府市の行った生活保護当事者へのギャンブル取り締まりと生活保護停止、どう思う?」というアンケートを行った。結果は、2016年4月14日現在、賛成72%、反対22%、「どちらとも言えない」6%であった。他媒体で行われた同様のアンケートでも、概ね、賛成多数である。今のところ「世間は、生活保護費でのパチンコを許さない」と結論づけてよさそうだ。

 この雰囲気に対して、菅沼氏は釘を刺す。

「“世間の声”はうつろいやすく、極端に振れます。また、(たとえば芸能人の母親の生活保護受給など)特殊・例外的な事例のみ注目されることがあります。浅薄な政治家がそれを政治化することも、よくあります。個々の事例がどの程度一般性があるのかどうか、思慮深く検討した議論がなされないことが普通です。

 生活保護は困窮者の“生殺与奪“を握っているものですから、そのようなうつろいやすい世論のみで運用を変更することは危険です」(菅沼氏)

 さらに菅沼氏は、生活保護バッシングに対しても憂慮する。

「それ(筆者注:うつろいやすい世論での運用変更は危険)を前提に、生活保護基準よりギリギリ上の生活をしているような方(ボーダーライン層)が、生活保護受給者に対して厳しい批判をすることがよくあります。『私はギリギリの生活で頑張っているのに、受給者の人は依存している』と。しかし、生活保護を申請する可能性が高い人はまさにそのようなボーダーライン層の方です。類似の境遇の者どうしが貶され非難するというのは、悲しい事態です」(菅沼氏)

 さいきまこ氏も、同様の指摘を重ねてきた。また作品「陽のあたる家~生活保護に支えられて~」「神様の背中~貧困の中の子どもたち~」の中で、弱者を叩かずにいられない弱者のエピソードも描いてきた。さいき氏は一方で、「生活保護バッシング」が質量とも変質してきた可能性を指摘する。

「いろいろな方の生活保護や貧困に対する意見を、毎日ネットでチェックしてきました。同じように困窮しているボーダーライン層の方からのバッシングは、3年ほど前に比べると減ってきている印象を受けます。全体の地盤沈下が進み、『明日は我が身』という自覚を持つ方が増えたのかもしれません。生活保護だけでなく、給付型奨学金、児童扶養手当も含め、何らかの現金給付を近い将来に必要とする状況は、富裕層以外のすべての人に関係のある話になっている。自分自身がいつ叩かれる側になるかと思えば、バッシングする気にはならないでしょう」

 しかし、バッシングそのものが減少してきたというわけではない。

「中間層の中でも、比較的安定した職業と家庭を持っている人たちからのバッシングは、逆に増えてきたように思います。『自分は自力で持ちこたえられる』と思っている人の、『自力でやっていけない“ダメな人”たちは、これ以上自分たちから“搾取”しようとするな!』という叩きです」(さいき氏)

 では、「生活保護でパチンコ」は、本当に羨むべき状況なのだろうか?