現在、ルーヴル美術館の入館料は15ユーロだ。年間の入場者数は年間900万人で世界1位、第2位の大英博物館の600万人を圧倒している。
そのうちモナ・リザが目当ての入館者は、全体の1割の90万人と見積もろう(これに根拠はないが、知りたければサンプル調査をとればいい)。
ここで、モナ・リザが貢献する年間のキャッシュフローを計算すると、1350万ユーロ(=15ユーロ×90万人)となる。今後、モナ・リザ人気が少なくとも50年続くとすれば、総キャッシュフローは6億7500万ユーロだ。1ユーロ125円で換算すれば、ざっと840億円の価値ということになる。
だとすると、いまから50年以上前の1962年の評価額800億円は、まんざらデタラメでもなかったのかもしれない。
モノの価値はそれが生み出す将来のキャッシュフローの総和で決まる。これがファイナンスの最も基本的かつ重要な考え方だ。
ここで混同しないでほしいのは、価値を決めるのが「キャッシュ(現金)ではなく、キャッシュフロー(お金の流れ)」だという点である。
次回はこの「キャッシュフロー・アプローチ」をもう少し具体例に沿ってみていくことにしよう。
野口 真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。2014年・2015年上期M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
これまでの評価実績件数は2500件以上にものぼる。カネボウ事件の鑑定人、ソフトバンクとイー・アクセスの統合、カルチュア・コンビニエンス・クラブのMBO、トヨタ自動車の優先株式の公正価値評価など、市場の注目を集めた案件も多数。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『
私はいくら?』(サンマーク出版)、『
お金はサルを進化させたか』『
パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『
ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『
企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など。
『あれか、これか』で伝えたかったこと
――人生を好転させる力は「リスク」にしかない
あなたがいまの職場に不満を抱き、くすぶっているのだとしよう。その職場がまずまず安定していて、このまま何もしなくてもそれなりに豊かになれる場合、多くの人はなかなか会社を辞める踏ん切りがつかない。
実を言うと、大学卒業後に都市銀行で働きはじめた僕も、まさにそうだった。僕が入行した1980年代、銀行マンといえば「入れば一生安泰」の職業の代表格だったからだ。
無論、銀行員の仕事を否定するつもりは決してない。ただ、特に何の考えもなく銀行に就職してしまった僕にとって、この職場はあまり自分には向いていなかった。上司から強いられる無意味なマニュアル暗記やそろばんなどの習得(いまでは過去の遺物だ)など、理不尽な業務に僕は耐えられなかったのだ。
同じように疑問を抱きながらも、黙々とそれらをこなす同期たちの姿を見て、ようやく僕は決定的なことに気づいた。そう、銀行員になるには仕事の能力以外に、組織人としての不条理に耐える資質も必要だったのだ。
その両方を持ち合わせなかった僕は、外資系金融機関に転職することを選択した。当然、この決断にもアップサイドとダウンサイド、いずれのリスクもあったわけだが、たまたまこの転職は僕にとっていい結果をもたらした。
僕がここでお伝えしたいのは、転職のススメではない。むしろ、「いまの職場に残る」というのも1つの選択だということを忘れないでほしい。決断を先延ばしにしているように見えて、実はあなたは毎日、「いまの職場に残る」というリスクをとっているのだ。
このままじっとしていれば、そこそこ昇進しながら安定した暮らしが送れるようになるかもしれないし、あるいは、急に会社の業績が悪くなり、リストラで追い出されることだって考えられる。
去るのか、残るのか――このときに重要なのは、現時点の年収だけではない。それぞれのアップサイド・リスクとダウンサイド・リスクを見極め、将来のリターンを割り出すことが必要だ。そのときには、きっとファイナンス理論の考え方が力になってくれるはずだ。
これまであなたがその職場にどれだけの犠牲を払ってきたかも関係ない。「5年も頑張ってきたんだし、あと1年ひとまず頑張ってみよう」というのは、明らかに過去に支払った対価(埋没コスト)に引きずられた非ファイナンス的な考え方だ。
ファイナンス理論を学んでしまった人は、もはやそうは考えなくなる。
これを選ぶことで、将来にどれだけの価値が生まれるのか? そして、考えられるリスクで割り引いてみたとき、将来的に手にし得るリターンの現在価値はどれくらいなのか?
そんなことを考えながら人生の「あれか、これか」に向き合ってみてほしい。
きっとこれまでとは違った可能性が目の前に拓けてくるはずだ。
【野口真人氏 最新刊】
『あれか、これか―「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』
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4つのノーベル賞理論がこれ1冊で。
2500件超の企業価値評価を手がけた
ファイナンスの第一人者が教える「リスク・お金・価値」の本質!!
【はじめに】「いまの人生」は「過去の選択」でできている
【第1章】「ねだん」と「ねうち」はちがう ― 現金の呪縛を解く
【第2章】いちばん無価値なおカネの話 ― キャッシュフローの考え方
【第3章】いま、いくら? ― 時間・リスク・金利の三角関係
【第4章】不確実性とは何なのか? ― 標準偏差とボラティリティ
【第5章】正しい借金の考え方 ― MM理論
【第6章】リスクだけを下げる錬金術 ― 現代ポートフォリオ理論とCAPM
【第7章】絶対に後悔しない買い物 ― オプション価格評価モデル
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