さて、僕たちの議論にとって重要なのは、株価の動きはでたらめに決まるという前提だ。
「え? それじゃリスクの見極めはできないということ?」などとは思わないでいただきたい。「株価の動きが予測不可能」と「リスクは見積もり不可能」はイコールではない。むしろ、人々の思惑に左右されずランダムに動くからこそ、統計学的な標準偏差(ばらつきの指標)を使って、株価のリスクを見積もることができるのである。
では、具体的にどのようにすれば、リスク(ばらつき)を数値化することができるのだろうか? 次回はこれを見ていくことにしたい。
野口 真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。2014年・2015年上期M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
これまでの評価実績件数は2500件以上にものぼる。カネボウ事件の鑑定人、ソフトバンクとイー・アクセスの統合、カルチュア・コンビニエンス・クラブのMBO、トヨタ自動車の優先株式の公正価値評価など、市場の注目を集めた案件も多数。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『
私はいくら?』(サンマーク出版)、『
お金はサルを進化させたか』『
パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『
ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『
企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など。
『あれか、これか』で伝えたかったこと
――人生を好転させる力は「リスク」にしかない
あなたがいまの職場に不満を抱き、くすぶっているのだとしよう。その職場がまずまず安定していて、このまま何もしなくてもそれなりに豊かになれる場合、多くの人はなかなか会社を辞める踏ん切りがつかない。
実を言うと、大学卒業後に都市銀行で働きはじめた僕も、まさにそうだった。僕が入行した1980年代、銀行マンといえば「入れば一生安泰」の職業の代表格だったからだ。
無論、銀行員の仕事を否定するつもりは決してない。ただ、特に何の考えもなく銀行に就職してしまった僕にとって、この職場はあまり自分には向いていなかった。上司から強いられる無意味なマニュアル暗記やそろばんなどの習得(いまでは過去の遺物だ)など、理不尽な業務に僕は耐えられなかったのだ。
同じように疑問を抱きながらも、黙々とそれらをこなす同期たちの姿を見て、ようやく僕は決定的なことに気づいた。そう、銀行員になるには仕事の能力以外に、組織人としての不条理に耐える資質も必要だったのだ。
その両方を持ち合わせなかった僕は、外資系金融機関に転職することを選択した。当然、この決断にもアップサイドとダウンサイド、いずれのリスクもあったわけだが、たまたまこの転職は僕にとっていい結果をもたらした。
僕がここでお伝えしたいのは、転職のススメではない。むしろ、「いまの職場に残る」というのも1つの選択だということを忘れないでほしい。決断を先延ばしにしているように見えて、実はあなたは毎日、「いまの職場に残る」というリスクをとっているのだ。
このままじっとしていれば、そこそこ昇進しながら安定した暮らしが送れるようになるかもしれないし、あるいは、急に会社の業績が悪くなり、リストラで追い出されることだって考えられる。
去るのか、残るのか――このときに重要なのは、現時点の年収だけではない。それぞれのアップサイド・リスクとダウンサイド・リスクを見極め、将来のリターンを割り出すことが必要だ。そのときには、きっとファイナンス理論の考え方が力になってくれるはずだ。
これまであなたがその職場にどれだけの犠牲を払ってきたかも関係ない。「5年も頑張ってきたんだし、あと1年ひとまず頑張ってみよう」というのは、明らかに過去に支払った対価(埋没コスト)に引きずられた非ファイナンス的な考え方だ。
ファイナンス理論を学んでしまった人は、もはやそうは考えなくなる。
これを選ぶことで、将来にどれだけの価値が生まれるのか? そして、考えられるリスクで割り引いてみたとき、将来的に手にし得るリターンの現在価値はどれくらいなのか?
そんなことを考えながら人生の「あれか、これか」に向き合ってみてほしい。
きっとこれまでとは違った可能性が目の前に拓けてくるはずだ。
【野口真人氏 最新刊】
『あれか、これか―「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』
すべての「選択」に役立つ
4つのノーベル賞理論がこれ1冊で。
2500件超の企業価値評価を手がけた
ファイナンスの第一人者が教える「リスク・お金・価値」の本質!!
【はじめに】「いまの人生」は「過去の選択」でできている
【第1章】「ねだん」と「ねうち」はちがう ― 現金の呪縛を解く
【第2章】いちばん無価値なおカネの話 ― キャッシュフローの考え方
【第3章】いま、いくら? ― 時間・リスク・金利の三角関係
【第4章】不確実性とは何なのか? ― 標準偏差とボラティリティ
【第5章】正しい借金の考え方 ― MM理論
【第6章】リスクだけを下げる錬金術 ― 現代ポートフォリオ理論とCAPM
【第7章】絶対に後悔しない買い物 ― オプション価格評価モデル
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