金融抑圧によって財政負担を減らす
ウルトラCをやったら何が起こるのか?

 高い名目経済成長率ーーたとえば先ほど井堀さんが言及された5%や10%といった水準ーーを達成するのは、2%のインフレ目標を前提にすれば当然無理なわけですが、むしろこのインフレ目標を捨てて、高い率のインフレーションを目指し、それが実現した場合にも金利を低く抑え、(債務の一部を非常な低金利でファイナンスする)金融抑圧といわれるような政策をとることで、財政の負担を減らすという考え方もありますね。著書では、この点については触れられておらず、暗黙のうちにインフレ目標2%で議論されていますが、そういうシナリオについてはどう考えますか。

井堀 そういう状況が一番極端に起きたのは、戦後ですよね。ハイパーインフレーションによって、戦前あるいは戦中に出していた公債を、実質的に帳消しにしました。今の日本の国債残高はGDP比200%超という戦争終結時を超えるレベルに達しているし、政府が歳出削減や増税で財政再建できないとすると、おっしゃるようなインフレで全部相殺するという非常時の方策が思い浮かべられるのだと思います。

 もちろん、これは起きなくはないシナリオです。全国民が財政再建をどのぐらい信じるかにかかっているでしょうが、みなが危ないと思ってお金をモノに替えようとし始め、急に物価が上がって…というハイパーインフレ状況は起こり得るけれど、非常に混乱を招くプロセスではないでしょうか。

 日本の場合は、増税なり歳出削減をすれば、いくら国債が積み上がっても何とかなるだろうとみんなが思っているから、物価もまだそんなに上がっていないのだと思うのです。でも、これは期待次第ですから、何とかなるとみんなが思えなくなったら、貨幣や国債に対する信認が低下して物価が急上昇するでしょう。

 現状を放置した場合、2%のインフレ目標と財政の持続性がどこまで両立するでしょうか。インフレ期待がどんどん低くなっているのが先進国のここ四半世紀の状況ですが、私は、日本の場合は金融政策以外の要因でインフレになる可能性はあると思っています。

 たとえば、この2年ぐらい、団塊の世代が退職していくなかで、有効求人倍率や完全失業率は明らかに好転してきています。まだ賃金は上がっていないわけですが、どこかの段階で労働市場の需要超過をきっかけにした賃金上昇を起点とするインフレが起きてもおかしくない。これはいまアベノミクスで期待されているシナリオの一部にもなっています。

 しかし、このタイプのインフレが実際に始まったときに適当なところで歯止めがかけられるのかどうかが問題だと思います。今はデフレなので、国債をいくらでも買ってマネタリーベースを増やし、金利をマイナスにまで誘導し、それを与件として財政が運営されていますが、インフレが2%を超えかけたときに止めようとして金利を上げ始めたらどうなるのか、インフレの加速が防げる水準に金利を誘導できるのか、という点は財政の持続性との兼ね合いも含めて非常に疑問です。

井堀 財政の持続性に関連して最近よく聞く話として、どんどん国債を買った結果、(政府と日銀を連結した)統合政府で見ると国債はすごく減っているから財政の再建は進んでいるのだ、という見方があります。たしかに統合政府の国債は減っていますが、代わりに負債として日銀当座預金が増えているのだから、国の債務が消えたわけではありません。増税や歳出削減をしないのであれば、いずれはインフレで債務を帳消しにするしかありません。日銀が国債を保有すれば、すべての問題が片付くというのは非常に危険な見方だと思います。

 日銀が国債を大量に購入しても、統合政府の民間に対する負債が減っているわけではなく、バランスシートの構成が変化しているだけだ、ということですね。しかもバランスシートの構成変化は政府にとってより危険な方向です。

 つまり今までは短期金利が上がっても急に金利が上がらない長期国債が債務の大半を占めてきたのに代わって要求払い預金である日銀当座預金が急激に増えている。結果として、短期金利上昇がすぐ統合政府の金利負担に直結する構造が強まっているといえます。財政は金利上昇に対してより脆弱になっているので、2%のインフレ目標維持のために短期金利を思い切って上昇させる、といったことはきわめて難しくなってきていると思います。

 アベノミクスが強調する「期待」ですが、期待の変化というのが一番鮮明に現れるのが金融市場です。労働市場の景色が変われば、金融市場の景色も変わる。

 特に、巨額の短期負債を抱えた中央銀行が金融抑圧を強いられると、その影響はすぐに為替レートに飛び火します。今は円高になっていますが、また局面が変わればアベノミクスの当初のように円安に振れるかもしれない。しかし、今回、円高に流れが変わって政府・日銀が困惑しているように、トレンドに変化が起きると、それを後押しすることは簡単ですが逆回転させるのはとても難しい。その意味で、いつコントロール不能な事態に陥ってもおかしくないというリスクをはらんでいると思いますね。