楽観的な前提ではあるが、仮に2020年代に財政健全化が実現したとしよう。しかし、それでも世代間公平の問題は手つかずで残される。その要因は、賦課方式の公的年金や医療制度にある。
消費税率の引き上げ、あるいはほかの増税手段、さらには、より大胆な歳出削減など、何らかの手段で2020年代に財政健全化が実現して、財政の持続可能性が回復したとしよう。これは、きわめて楽観的な想定であり現実には厳しいハードルだが、以下では、この財政再建目標が実現したとして、それでも残される問題を考えてみよう。
すなわち、財政再建の問題はそれでも完全に解消されるわけではない。とくに、世代間公平の問題はほとんど手つかずに残されている。
財政健全化がマクロレベルで実現して、公債残高の対GDP比率が安定化し、社会保障給付をすべて消費税でまかなうことができたとしても、世代間不公平は依然として解消されない。賦課方式の公的年金や医療制度を前提とする限り、少子高齢化が進むときに財政赤字を出さないとしても、老年期の給付切り下げか勤労期の負担引き上げは避けられない。どちらで調整しても、団塊世代後の若い世代や将来世代にとっては、生涯に受け取るネットの給付(=給付マイナス負担)は悪くなる。
これには、人口の少子高齢化が効いている。人口が増加しているか、あるいは一定で変化しない定常状態であれば、財政赤字がない限り、賦課方式を前提としても世代間での不公平はそれほど生じない。しかし、人口が減少する少子高齢化社会では、賦課方式の社会保障制度の下で若い世代ほど損をする。
たとえば、今後も高齢者に対する1人当たり給付を一定水準に維持すれば、勤労世代ほど1人当たりの負担額は重くなる。なぜなら、人口が減少しているぶん勤労世代は自分の世代より人口が多い高齢世代の給付を負担するからである。逆に、勤労世代1人当たりの負担を一定水準に維持すれば、今後は後に生まれてくる世代ほど老後の給付水準を引き下げざるを得ない。
人口が減少する少子高齢化社会では、ある世代が高齢世代になってみると、自分たちを支えてくれる若い世代は自分たちより人口が少ない。勤労期の1人当たり負担水準が一定であれば、自分たちを支えてくれる若い世代の負担総額も減少するから、それを受け取る自分たちから見れば、1人当たりの給付水準は引き下げられる。
こうした世代間不公平は、毎年の社会保障財源をその年の税金や保険料ですべてまかなって、財政赤字を出さない純粋の賦課方式でも生じる。財政赤字の大きさは、必ずしも世代間公平や将来世代への負担の先送りの大きさと直結しない。財政収支が均衡していても、将来世代への負担の先送りは十分にあり得る。その典型的なケースが、人口が減少する社会での賦課方式による公的年金や医療制度における負担の先送りである。
したがって、世代間公平と両立する税と社会保障改革の一体改革は、国の一般会計における社会保障歳出と消費税収との差額分である「隙間」(社会保障費を消費税という目的税でまかなう想定での不足分)の解消という政府目標だけでは不十分である。財政収支が均衡しても、それは世代間不公平の解消に一部しか寄与しない。確かに、財政赤字は将来世代への負担の転嫁であり、その部分が小さくなるのは将来世代から見て望ましい。しかし、それだけが世代間不公平の源泉でないことに注意すべきである。
少子化を食い止める難しさ
長い目でみて賦課方式を維持しながら世代間不公平を解消するには、少子化を食い止めて、人口が減少する事態を避ける必要がある。しかし、これの解決はかなり困難だろう。
少子化の大きな理由は社会構造や価値観の変化である。子どもへの教育費用がかさみ、子どもを育てる機会費用が増加するとき、親は昔と比較して、少なく産んで大事に育てようとする。先進諸国は途上国と比較すると、総じて出生率は低い。わが国も戦前は兄弟姉妹が多人数の家族が一般的だったが、最近では1人か2人の子どもしかいない家族が普通になっている。また、婚姻の年齢も上昇している。結婚に対する社会的な価値観も変化しており、シングルで生活することに不便を感じない若者が多い。
このトレンドを変化させるのは、容易なことではない。アベノミクスの第2段階では出生率1.8が新たな政策目標となったが、現在の社会規範のままでは子ども手当の多少の増額も焼け石に水だろう。より効果的なのは、男性が根本的に意識改革をして、育児や子育て、さらには家事一般をより積極的に関与することである。そうなれば、育児や子育てへの財政支援も有効に機能する。
しかし、男性の意識改革を実現するのは、日本のみならず、男性優位な過去の慣習や規範が根強い東アジア・南欧諸国ではなかなか難しい。イクメン(育児に積極的な男性)が例外的な先進事例としてもてはやされているようでは、まだ規範レベルの転換はできていない。社会的規範を早く転換し、出生率が上昇する社会経済環境を整備すべきであり、それと歩調を合わせる形で高齢者優遇の社会保障制度を改革すべきだろう。
また、出生率の回復は、20年以上経ってようやく労働人口の増加に寄与しはじめる。2020年代の社会保障改革にはとても間に合わないことにも留意したい。50年後のわが国の人口動向を議論するなら、出生率の上昇は重要な論点になる。しかし、団塊の世代が後期高齢者になる2025年問題を議論する際は、現状の人口動態の変化、つまり人口減少下での高齢化を前提として、それでも世代間不公平が拡大しないような社会保障制度に改革する必要がある。