−−−−いったん2017年4月に先送りした消費増税を、再び延期するという観測が強まっています(対談実施時点で政府の正式発表はなし)。その背景や影響をどのように見ていますか。
井堀 消費税の8%から10%への増税は、政府の方針として「リーマンショック級のマクロの底割れのような非常事態が起こらない限り予定どおり実施する」と表明しています。政府はこの非常事態を“100年に1度”レベルと表現している通り、そんな危機は10年に何回も起きないし、いまはそういう状況にないと思います。4月中旬に起きた熊本地震は不幸なショックですし、補正予算などで財政面から対応することも必要です。しかし、被害規模からいってこれを口実に消費税増税を延期するのは難しいと思います。
もちろん、原油価格の低迷や中国のバブル崩壊など不安要素はありますが、リーマンショック級でないことは明らかです。それで増税を先送りするという言い訳は苦しいでしょう。
それより私がおかしいと思っているのは、マクロ経済環境と消費税引き上げをリンクさせて考えていることです。基本的に、マクロ経済の見通しは、主に景気循環の判断によります。景気がいいのか悪いのかという景気循環サイクルは重要な問題ですし、たとえば金利政策として金利を調整するほか、財政政策としても公共事業の増加、所得税の減税、社会保障の給付といったさまざまなメニューがあり、こうした短期的な景気変動に対する調整策をとるのが常道でしょう。消費税というのは、社会保障の中長期的な課題を財政面からケアする方策ですから、これを短期的な景気対策の手段として使うべきではない。
もちろん、ほかにも短期的に景気対応するための財政金融政策はいろいろあるわけです。財政で一番重要なのは、財政の中に常に組み込まれているいわゆる自動安定化(Built in Stabilizer)という仕組みであり、景気が悪くなると政治的判断によって消費税や所得税が減税になる。それが効かなければ公共事業で対応するというのが筋ですから、そもそも消費税の話を景気と絡めること自体がおかしい。
翁 井堀さんの本のタイトルは「消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか」、というものですが、井堀さんは、財政至上主義的な観点から消費税を出発点と考えているわけではないと思います。財政運営の基本的な判断基準は何になるのでしょうか。
歳出削減と組み合わせても、5〜10年内に
消費税15%程度までの引き上げは必要
井堀 私の判断基準は、世代間の公平です。財政市場主義の立場から消費増税ありきで考えているわけではありません。歳出削減も重要です。ただし、歳出削減との組み合わせで財政再建をするとしても、中長期的に5〜10年の時間軸で考えれば消費税は15%ぐらいまで増税の必要が出てくるでしょう。
経済成長率の向上が見込めず、しかも高齢化のスピードがあがってくるなか、消費税増税を先送りしていると、さらに5~10年経っていざ増税しようとしたとき15%でも足りずに20%30%でないともたなくなるのではないか、と懸念しています。将来に追い込まれて大増税するのはまずい事態です。そうした大増税を回避するには、早めに小規模の増税を実施するのが望ましいと思います。
特に消費税に固執しているわけでなく、所得税でもいいんです。若い人から見れば、一生の間に負担する額が同じなら、どちらでもいい。ただし、今の高齢者にもきちんと負担してもらうためには、公的年金控除を見直すとか、年金をきちんともらっている人から税金をとるといったことのほかに、消費税をきちんと上げることが必要だと思います。
これは消費税に限った議論でなく、歳出削減も含めて財政再建についてはすべからく景気判断とは切り離して、現代世代と将来世代のどちらが大変かという世代間公平の観点から議論すべきだと思います。要は、世代間公平の観点から見ると、早めに増税や歳出削減などの財政健全化努力をすることが重要で、若い世代、将来世代にとってメリットが大きいという点です。