井堀 金融政策はアベノミクスの「第一の矢」として非常に重視されてきました。当初の量的・質的緩和策から、今やマイナス金利も導入されました。

金利政策というのは、景気をならすための政策です。つまり、景気が過熱したきには金利を上げてーーたとえば住宅ローン金利が今は高いから家を建てるのは少し先にしようという人を増やすことでーー需要を先送りさせ、逆に景気が悪すぎるなら金利を下げて、お金を今すぐ使ったほうが有利だ、という判断を促して需要を先食いさせる。それが景気の安定化につながり、トレンドからの乖離を小さくさせる、という政策です。しかし、トレンドを変える力はない。たとえば、持家の需要トレンドは人口に規定されるので、金利で変わることはほとんどないはずです。

 こうした景気安定化のための金融政策をトレンド的な人口減少のもとでの景気下支えに使い続けると、将来何が起きるのか。日本の人口が減少しているなかでは住宅需要も先細りしますから、その住宅需要をとにかく先食いして今の景気を支えようとすると、先では、さらに需要は細っている。すると、さらに大きく先食いしないと需要を維持できないから、マイナス金利の深堀りが必要になる、といった話にならざるをえない。「今年の需要」を強引に喚起する金融政策は、来年や再来年の需要をどんどん減らすでしょう。金融政策による好循環論はトレンドについての中長期的視点が欠落しているのではないでしょうか。

手段である「三本の矢」と目標である「新三本の矢」
それぞれバラバラに出てきた

−−−−「三本の矢」につづく「新三本の矢」(2020年度頃にGDP600兆円突破、20年代半ばに出生率1.8(現在1.4強)を実現する子育て支援、社会保障の充実のため介護離職ゼロ)の狙いは妥当でしょうか。

井堀 アベノミクスの最初の「三本の矢」は金融政策、財政政策、規制改革という“政策手段”だったのに対し、「新三本の矢」はGDP600兆円、介護離職ゼロ、待機児童ゼロという“政策目標”ですよね。手段と目標がそれぞれバラバラに出てきた印象です。

井堀利宏(いほり・としひろ)プロフィル/東京大学名誉教授。政策研究大学院大学教授。1974年東京大学経済学部卒業、81年ジョンズ・ホプキンス大学大学院経済学博士課程 修了(Ph.D.取得)。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授、95年同教授を経て、97年から同大学院経済学研究科教授、2015年に同名誉教授。同年4月より現職。2011年紫綬褒章受章。『現代日本財政論 財政問題の理論的研究』(東洋経済新報社、1984年、日経・経済図書文化賞)、『財政赤字の正しい考え方 政府の借金はなぜ問題なのか』(東洋経済新報社、2000年、石橋湛山賞))、『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA/中経出版)など著書多数。

 「新三本の矢」というのは、政策手段を示さないまま政策目標だけなので、何の政策手段を用いてどのように実現するのか具体的な道筋が分かりません。しかも、その政策目標も、子育てと社会保障という、若い世代と高齢者の両方に配慮する内容ですから、それをどう実現するのかますます混迷している印象です。

 安倍政権は与党が3分の2を占める安定政権なので、社会保障制度や財政制度を含めて、もっと中長期的に日本経済をどうしていくのか、真剣に取り組んでほしいですね。

 「新三本の矢」は少なくとも将来のトレンドに目を向けているという点では良い方向を向いていると思います。ただし、井堀さんがおっしゃるとおり、そのために具体的に何をやるのか、どんなふうにお金をかけるのか、といった具体策が十分ではありません。そのため世論は批判的なのだとおもいます。でも、せっかくベクトルの方向はよいのだから、もっと具体的なアジェンダ、それも最初の「三本の矢」のときのようなマクロ政策的な切り口だけでなく、日本の経済や人口の構造を踏まえた内容に肉付けしていく必要があると思います。

 たとえば、希望出生率1.8というのも、今の社会環境を前提に出てきた目標であって、(人口が増減しない)人口置換水準(2.0強)に届きません。フランスのように人口置換水準をほぼ回復させることに成功した国や、ロシアのように出生率を急上昇させることに成功している国もありますから、それらの経験からいろいろ学ぶ必要がありますが、なんといっても日本もまずは社会全体が子育てをしやすい社会環境にしていかないといけないのではないでしょうか。