アベノミクスが従来の経済政策と違ったのは、延命策が異次元に巨額だっただけだ。「カネが切れたら、またカネが要る」ということは以前と全く変わらない。「黒田バズーカ」「バズーカ2」「マイナス金利」と続き、それでもさらに金融緩和や財政出動が期待される構図は、結局アベノミクスが従来のバラマキとなにも変わらないことを示している。しかも、巨額であるがゆえに、従来にない深刻なリスクに日本経済は晒されることになった。

 この20年間、景気対策というバラマキが繰り返されたのは、族議員、省庁、財界、業界団体、そして労組をバックにした野党のすさまじい政治的圧力の結果である。それを乗り越えて、斜陽産業の延命をやめて、新しい成長産業に投資するには、政治家の尋常を超えた強力なリーダーシップが必要となる。しかし、現在の日本にそんな政治家は存在しない。近年、最も強力な政治的リーダーシップを発揮し、構造改革を断行したと評価される小泉純一郎政権でさえ、政府債務残高を538兆円(00年度末)から827兆円(05年度末)へ、289兆円(54%)も増加させたのだ(第38回・p5)。

 これが、日本政治のリアリティなのである。増税延期賛成派の主張は、理論的には傾聴に値するものである。しかし、それが理論通りに実現するには、政治家の高い見識と強力な指導力を必要とし、政治学者からすれば、到底現実的に達成できることとは思えない。

「高齢者のための増税」というロジックに
現役世代はウンザリしてしまった

 日本経済の悪循環を断つには、安易なバラマキによる斜陽産業の延命策を、さまざまな政治的圧力をなんとか和らげてやめていきながら、増税による財政再建と社会保障の充実を行う一方で、規制緩和によって新しい成長産業を創生する「痛みを伴う財政再建・構造改革」に真面目に取り組むしかない。

 しかし、増税延期は決まってしまった。そうなると、2年半後の2019年10月に予定されることになる8%から10%への消費増税のことを考えるしかできない。だが、筆者が気になるのは、消費増税に対する国民の嫌悪感が、過去には考えられないほど高まってしまっていることだ。

 安倍政権が長期化したので皆忘れてしまっているが、野田佳彦政権時までは、消費増税の必要性に国民の一定の支持があったのは間違いない(第40回)。それは、「消費税は高齢化社会に対応するために必要」というロジックに説得力があったからである。毎年、約1兆円ずつ増えていく社会保障費の財源として、消費増税が必要だとコンセンサスがあったのだ。