「好き」か「カネ」か、
それぞれの著書の意外な関係性
【楠木】あと、ファイナンスの考え方には、やたらと「時間」が入っています。「将来のキャッシュフロー」というような言葉がありますけど、将来といっても、人間はいつか死ぬわけでしょう。そうすると、時間軸を長く持って考えても、最終的には死ぬから意味がない、と言えないこともない。こうして突き詰めて考えていくと、ファイナンスは人間としての根本的な矛盾にぶち当たる。でも、そこまで見せてくれるっていうのが素晴らしい学問だなと思うんですよね。
僕が『あれか、これか』を読んで感じたのは、ファイナンス理論の説明のわかりやすさもさることながら、それを超えた、人間としての哲学的な部分ですね。
【編集担当】本書の企画段階で、最初に野口さんのお話を聞いたとき、私も楠木先生と同じようなことを感じていたんです。ファイナンスって、価値をめぐる哲学的な議論に触れ合っている学問だなと。
だから、当初から野口さんとは「単なるお金儲けの本にするのはやめましょう」と相談していました。もう少し深く、「価値の本質」を考えるきっかけになるような本ができるといいなと思っていたんです。ですから、楠木先生にそういう読み方をしていただけたのは、この本を編集した人間としても、本当にうれしいです。
【楠木】面白いですよね。「プライスレスなものはない」っていう考え方に一度、強く振るから、かえって本質が見える。もちろんすべてが「プライスレスレス」であるはずがなく、中には本当にプライスレスなものもあるんだけど、それも一度「プライスレスレス」という考え方に思いっきり振ってみるから見えてくるものだったりして。
僕の『好きなようにしてください』という本も、ある意味では価値の判断基準がテーマなわけですが、ここでは、「ありとあらゆるものは全部プライスレスだ」というスタンスをとっているんです。ファイナンスの考え方とは真逆ですよね。「プライスに変換したほうが判断しやすいんじゃないですか」という問題も、全部「プライスレスだから」と言い切っている。ですから、僕の本と野口さんの本って、裏表の関係にあるんですよ(笑)。
(第2回は6/20配信予定)