先日、拙書『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』の出版記念パーティーでふと、そんな話をしたら、9月1日付毎日新聞の『発信箱』で紹介された。社会部の滝野隆浩記者は、「親たちの嘆息」というタイトルで、消えた高齢者の問題と絡めて、こう綴る。

「高齢の親たちが、いまだに我が子の将来を案じているのだ。“私が死んだら…”」

 ちなみに、滝野記者の記事に対して、当事者や親から涙ながらの手紙が寄せられるなど、かなりの反響があったらしい。

「所在不明高齢者」「引きこもり」を生んだ
社会的弱者を追い詰める国の制度的欠陥

「引きこもり」という問題は、リーマンショック以降の貧困問題ともリンクしていて、社会的なすそ野が広い。以前も触れた“無縁死”の話にもつながっている。

「元気な人でさえ、社会や人とつながりをつくっていけない時代なのに、人間関係が元々苦手な人で、一旦社会から離脱した人は、もう一度社会に戻るには、大きな壁がある。消えた高齢者の話も、人がつながっていけないところでは、同じだと思いますね」

 と、ある引きこもり当事者も口にする。

 報道によると、厚労省が85歳以上の年金受給者840人を無作為抽出でサンプル調査を行ったところ、すでに死亡しているか行方不明の可能性があるなど、生存確認できない人たち計23人に、年金が支給されていたという。単純に換算すると、全国で推計約800人が生存確認できない人の年金を受けていることになる。