実際、代表復帰直後は、「寄り合い所帯」による党内対立を回避するために、党役員人事で「保守系」と「リベラル系」のバランスを取るなど、経験を生かした的確な対応をしているように思われた。しかし、岡田代表はその後、安倍首相に対する感情的な反発から、これまでの経験の蓄積を全て忘れ去ってしまった。

 岡田代表が「感情的」になったきっかけは、安保法制を巡る与野党の攻防である。2015年4月の時点で、民主党は安保法制の対案を用意し、国会審議において政権と是々非々で議論をする準備をしていた(第111回)。だが、4月末に安倍首相が訪米して米議会で演説し、「今夏に安保法制を成立させる」と宣言したことで、民主党内の空気は一変した。

 安倍首相が、本格的な国会論戦が始まる前に米国に法案成立を約束してしまったことに、「原理主義者」「ロボコップ」と呼ばれる堅物の岡田代表は完全に硬化し、他の民主党の保守系議員たちも「安保法制の全てに反対ではないが、安倍にだけはやらせない」と大激怒してしまった。

 安倍首相が、野党の保守系議員と協議の場を設けて国会審議を進めることができなかったことで、安保法制の国会審議は困難を極めた。それは、国会の外に広がる反対運動となった。その結果、国民の間に「憲法改正」に対するアレルギーを広げることになり、国民投票を実施できたとしても、改憲を実現するのは極めて難しくなった(第111回・p5)。

 一方で、安倍首相に感情的に反発した岡田代表と民主党の保守派は、共産党と接近することになった。それは民主党がサイレントマジョリティの支持を完全に失うきっかけとなった。

民主主義を「交代可能な独裁」と定義した民主党が
安倍首相のリーダーシップを批判するのはおかしい

 2015年9月、安保法制は大荒れとなった国会審議の末に、自民党・公明党の連立与党が、参院特別委員会・本会議で強行採決して可決成立させた。民主党など野党5党は、鴻池祥肇委員長を野党議員が取り囲んでの委員会開催阻止、理事会開催場所を巡る野党の猛抗議、委員長不信任動議提出、その審議における長時間に渡る賛成演説(フィリバスター)、首相・閣僚への問責決議案の次々の提出、内閣不信任案提出とフィリバスター、参院採決における山本太郎議員の「一人牛歩戦術」と、本会議における法案可決成立まで、あらゆる手段を講じた(第115回・上)。岡田代表と民主党は、さらに感情的になった。安倍首相の強引な政治手法に怒り、共産党等とともに安倍政権を「議会制民主主義の破壊」、「立憲主義の破壊」だと、激しく批判したのだ。

 だが、それは、民主党の本来の主張と全く相いれないものだった。約20年前の「政治改革」以来、2009年の民主党政権の登場まで、日本政治の大きな潮流の1つとなってきたのは、「政権交代ある民主主義」の実現だった(前連載第31回)。