「回復力のある脳」はつくれるか──レジリエンス

ヨーダの突然の〈モーメント〉来訪があった前日、私はいつものようにニューヘイブンの地下研究室を訪ねていた。私がヨーダに伝えたのは、いいニュースと悪いニュース、それぞれ1つずつだった。

まず、いいニュースは、〈モーメント〉が生まれ変わりつつあること。

それは店のスタッフ全員が肌で感じているはずだった。私はこの店に初めて来たときのことを思い出していた。どんよりした店内、活気も愛想もない店員、オペレーションの悪さ、食事のまずさ……。それがいまではどうだろう。店内は清掃が行き届き、スタッフの動きにも機敏さが見られる。カルロスのミスはほとんどなくなり、トモミやダイアナもにこやかにフロアを動いている。明らかにマインドフルネス瞑想が功を奏していた。

結果は表面だけでなく、店の業績にも如実に現れていた。ここ4週間は連続で売上が伸びており、このままいけば〈モーメント〉はかつての姿を取り戻せるかもしれない。そんな見通しが立ちつつあった。

そして、悪いニュースは――。

「ふむ、ピンチというわけか……」

私の報告を聞いていたヨーダは、静かに言った。私は悔しくてならなかった。あと少しで〈モーメント〉の立て直しがうまくいきそうだというのに……よりによってこのタイミングで、店から50メートルも離れていない場所に、大手カフェチェーンが新規出店をするなんて……。このチェーン店も、ベーグルを中心としたフードを提供することで人気を博していた。

オープンすれば〈モーメント〉の顧客は奪われ、売上に大打撃を受けることは目に見えている。かなり楽観的なシミュレーションでも賃金カット、場合によっては人員削減が必要になりかねない。いまここで給料を下げたり、クビを切ったりすれば、スタッフたちのモチベーション低下は必至だ。

果たして、このショックに店のみんなが持ちこたえられるだろうか。

「ナツはレジリエンス(resilience)という言葉を知っているかね?」

レジリエンスについては、私も少しだけ調べたことがあった。もともとは「復元力」を意味する物理学の用語だ。負荷によって変形させられた物質が元の形に戻ろうとする力、それがレジリエンスという言葉の基本的なイメージである。

これがポジティブ心理学と呼ばれる分野に持ち込まれ、心にかかったストレスに対処する力、自らの精神を元に戻そうとする力を意味するようになった。レジリエンスの低い心は、一定の負荷がかかると折れてしまう。これを高めれば、簡単には折れない竹のような「しなやかな心」を手に入れることができる――。