「うむ、そのとおりじゃ」

私の説明に満足したヨーダは頷いた。「9・11のようなテロや東日本大震災のような災害で生まれる大きなトラウマはもちろんじゃが、より個人レベルでのストレスに直面したときにも、人間のレジリエンスが問われる。レジリエンスとは心の平静を保つ能力であり、その意味では脳の休息の基礎を成すものだと言ってもいい。

戦場で大量の人の死や爆撃、破壊行為を経験する軍人たちは、退役後にさまざまなトラウマで苦しむことが知られておる。ただし、同じ経験をしておっても、ストレスから立ち直れる人間とそうでない人間がおるんじゃ。イェール大学最寄りの退役軍人病院内にある国立PTSDセンター・臨床脳科学部門では、イェールのスタッフが中心になってレジリエンスの研究を進めてきた。

レジリエンスを高めるためには、どんな方法があるか、知っとるかな?」

「一般的に言われているのは――」

私は待っていましたと言わんばかりに答えた。「楽観性ですよね。楽観的でいることで、脳の前帯状皮質の活動が変化したという研究を読んだことがあります[*01]。前帯状皮質はうつ病患者などで問題が見られることが報告されていますから、何ごとも楽観的に、前向きに考えるようにすることが、ストレスに強いしなやかな心をつくるというのは、ありそうな話じゃないでしょうか[*02]。

*01 Sharot, Tali, et al. “Neural mechanisms mediating optimism bias.” Nature 450.7166 (2007): 102-105.
*02 Drevets, Wayne C., et al. “Subgenual prefrontal cortex abnormalities in mood disorders.” Nature 386. (1997): 824-827.

あとは……人とのつながり、いわゆるソーシャル・サポートがレジリエンスを強めるという話も聞いたことがあります」

「スーパー!!さすがはナツじゃ」

満足気な表情のヨーダが答える。「他人との持続的かつ広範なつながり、あるいは、同じような境遇にある人との支え合いなどが、レジリエンスにプラスに作用すると言われとる。ソーシャル・サポートが、ストレスホルモンを生み出す視床下部―下垂体―副腎系を抑制するとのデータもあるぞ[*03]。また、うつ病になりやすい遺伝子型を持つ子どもが虐待を受けたとしても、人との安定したつながりがある場合には、発症リスクが下がる。つまり、ソーシャル・サポートという環境要因が、遺伝子の発現にも影響を与えていると推測されるわけじゃな[*04]。

*03 Ozbay, Fatih, et al. “Social support and resilience to stress: From neurobiology to clinical practice.” Psychiatry 4.5 (2007): 35-40.
*04 Kaufman, Joan, et al. “Social supports and serotonin transporter gene moderate depression in maltreated children.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 101.49 (2004): 17316-17321.

レジリエンスの臨床研究を主導した元イェール大学のデニス・チャーニーも、ベトナムで捕虜となった兵士たちが、独房の壁越しにタップ・コードでお互いの士気を支え合ったことを伝えとる[*05]。これも一種のソーシャル・サポートと言えるかもしれん。

*05 Charney, D.S, MD, interviewed by Norman Sussman, MD. “In session with Dennis S. Charney, MD: Resilience to stress.” Primary Psychiatry 13. (2006): 39-41.

チャーニーはそのほかにも、思考の柔軟性(苦難は成長のチャンスなど)、倫理基準や信念(スピリチュアリティや信仰心を含む)などがレジリエンスにプラスとなる特性だと報告しておる」

「なるほど」

私は頷きながら答えた。「レジリエンスは後天的に培うことができ、強化できるというわけですね」

「ふむ、さすがはナツじゃ。いつでも研究に復帰できそうじゃな。ただし……大事なのを1つ忘れておるぞ」

私はゴクリと唾を呑んだ。

「マ、……マインドフルネス?」

「スーパー!!」

ニカッとヨーダが笑った。