経営×統計学

もう、ほっ統計(とけ)ない!──統計的思考を鍛える 俗説バスター統山計子

統計で株の動きを見破る?
ノーベル賞学者も破綻

 飲み過ぎたのか、風邪をひいたのか。計子は熱を出して会社を休んでいた。鬼の霍乱(かくらん)である。すると、なにやら、弟が熱心に父親に話す声が聞こえてくる。

 「いいかい父さん、株の世界では“三川明けの明星”といって、株価が大きく下がった翌日に少し上がって、さらに翌々日は大きく上がる──そんな動きをした次の日の株価は上昇すると統計的に判明しているんだよ。100%もうかるよ。だから、父さん、退職金から10万円貸してくれよ」「う~ん統計的にかあ。だんだん姉さんみたいなこと言うようになってきたなあ。じゃあ、10万を……」

 そこで、弟の部屋の引き戸をぴしゃっと開けた計子。「あ~! もう、ほっ統計(とけ)ない!」。鬼の形相である。

 「あのねえ、確かに、株価にはある種の規則性があるという論文はたくさんあるわ。でも、100%なんてものはないの! だいたい、あんた、働くんじゃないの?」

 「姉さん、今の時代は、株式投資も立派な職業さ。もちろん100%というのは、ちょっと口が滑ったと認めるけど、金融商品の動きは科学的に解明されているんだよ。金融派生商品の価格決定手法を開発した2人の研究者は、ノーベル賞だって取っているんだから。どうだい、俺もちゃんと勉強しているだろ。えっへん」。まるで自分がノーベル賞でも取ったかのような態度だ。

 「ブラック・ショールズ評価式のことね。あんた、ノーベル賞受賞の後、開発した2人がどうなったか知っているの?」「え!? ぼろもうけしているんじゃないの?」「その逆。破綻よ、は・た・ん」「破綻!?」。圭と父親は声をそろえてのけぞった。

 奇跡の公式ともてはやされたブラック・ショールズ評価式は、株価の動きは正規分布を使って描けるという前提に立つ。正規分布では株価の変動を指数化してグラフ表示をした場合、左右対称の山の形を描く。ところが、正規分布ではものすごく大きな変動を異常値としてあらかじめ排除している。実際には株価は時に“あり得ない動き”をするのだが……。

 案の定、97年にアジア通貨危機が起こると、何万年に1回しか起こり得ない株式、債券の値動きが起こった。評価式を開発した2人のノーベル賞学者が所属していたLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)は破綻。円換算で10兆円の金が吹っ飛んだ。

 こうした人間の思考の限界と根本的な欠陥を描いたのが『ブラック・スワン』(ナシーム・ニコラス・タレブ著/ダイヤモンド社)だ。同書では米国の株式市場の上昇から得られた過去50年分の利益の半分は「あり得ない」大変動が起こった上位10日で得られたものだと紹介している。正規分布は万全ではないのだ。

 「わかった? 株のもうけの方式に絶対なんてないのよ」

 圭は肩を落とし、うなだれている。「姉さん、俺、今度こそ、働くよ……」「もういいわっ!」。

「経営×統計学」



週刊ダイヤモンド編集部


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