おやつに「m&m'sの茶色」を入れるな

 これはかしこいやり方だったが、デイビッド・リー・ロスはさらに上を行っていたかもしれない。ヴァン・ヘイレンは1980年代初めには史上最強のロックバンドの一つになっていた。彼らはツアー中に思いっ切り羽目を外すことで知られていた。「どこであろうとヴァン・ヘイレンが降り立った場所では、やかましく破天荒ならんちき騒ぎが始まった」と「ローリングストーン」誌は書いている。

 バンドのツアーに関する契約書には、53ページもの付帯条項があって、技術や安全面の細かい指示に始まり、食べものや飲みものに関する要求事項までが、事細かに指示されていた。

 偶数日にはローストビーフかフライドチキンかラザニアのメイン料理に、つけ合わせとして芽キャベツかブロッコリーかほうれん草を供すること。奇数日にはステーキか中華料理、つけ合わせにはサヤインゲンかグリーンピースかニンジンを。夕食ではいかなる状況であっても、プラスチックや紙の皿に料理を載せたり、プラスチックのナイフやフォークを添えて出してはならない。

 この膨大なヴァン・ヘイレン付帯条項の40ページめに「スナック」に関するセクションがあった。ここには、ポテトチップス、ナッツ、プレッツェル、そして「m&m's(警告:絶対に茶色のものがあってはならない)」とあった。

 何だそれは? ナッツやチップスに関する注文は別にうるさくなかったし、夕食のメニューだって普通だ。なのにこの茶色のm&m'sへのこだわりは何なんだ? バンドの誰かが嫌な経験をしたとか? ヴァン・ヘイレンはドSで、気の毒なケータリング業者にm&m'sを手でより分けさせることに無上の悦びを感じていたとか?

 m&m's条項がマスコミにリークされると、よくあるロックスターの悪ふざけと見なされ、バンドが「立場をかさに着て、やりたい放題やっていると思われた」とのちにロス自身が語っている。でも「じつはそんなことじゃなかったんだ」。

 ヴァン・ヘイレンのライブは、壮大な舞台セットに、脳天に突き抜けるような爆音、ドラマチックな照明効果のど派手なショーだった。こういった仕掛けにはしっかりした構造支柱と膨大な電力が欠かせない。しかし彼らが演奏する会場は、設備が老朽化していることが多かった。「ヴァン・ヘイレンの超先進的で鉄人的な、どでかい舞台装置を積み下ろししたり搬入したりする場所すらなかった」とロスは回想する。

 だからこそ、53ページもの付帯条項が必要だったのだ。「たいがいのロックバンドの付帯条項は、パンフレットみたいにペラペラだった」とロスは言う。「それに比べりゃ、オレらのは中国の電話帳さ」

 こうした付帯条項は、各会場で十分な物理的空間と荷重に対する剛性、必要な電圧を確保するために、逐一指示を与えるものだった。ヴァン・ヘイレンはステージが機材の重さに耐えられずに崩壊したり、照明塔がショートしたりして、不慮の事故で誰かが死んだりすることがないようにしたかった。

 だがバンドが新しい町に立ち寄るたびに、地元のプロモーターが付帯条項をちゃんと読んで、安全のための手順を全部守っているかどうかを、どうすれば確認できるだろう?

 ここで茶色のm&m'sの出番だ。ロスは会場に到着すると、楽屋に直行してm&m'sの入ったボウルを調べた。茶色が一粒でも混ざっていたら、プロモーターが条項を真面目に読んでいないことがわかる――その場合、「真剣に一行一行チェックして」重要な設備がきちんと設置されていることを確認する必要があった。

 ロスは茶色のm&m'sが入っていたときは、きっちりと更衣室をめちゃめちゃに荒らしておいた。やんちゃなロックスターとしてふるまうことで、罠がバレないようにしていたのだ。でもどっちにしろ、ロスは結構楽しんでいたんじゃないかと、ぼくたちは思っている。