2020年、ベートーヴェンの生誕250周年を迎える。彼ほど、世界中で老若男女問わず愛される作曲家も珍しい。なぜ、ベートーヴェンは今なお、クラシックファンを魅了し続けるのだろうか?(アーモンド株式会社代表取締役 松田亜有子)

「国によって演奏NG」な
作曲家は珍しくない

ベートーヴェンベートーヴェンクラスの人気作曲家となれば世界中で、何年も前から優れた指揮者や奏者のスケジュールを押さえて演奏会が企画される Photo:GRANGER/JIJI

 2020年、ベートーヴェンの生誕250周年を迎えるにあたって、クラシック音楽界は大いに盛り上がっている。作曲家の「生誕○○周年記念」はたいてい、50年刻みであることが多い。つまりベートーヴェンファンにとっては、50年に1度のビッグイベントなのだ。

 来年は、世界中で250周年を記念したコンサートが開催される。何しろ、業界関係者たちは、こうしたビッグイベントの際には3年以上も前から優れた指揮者や奏者のスケジュールを押さえて、演奏会を企画する。今年中には、贅沢極まりないメンバーでの演奏会のチケットが、世界中で発売されるはずだ。もちろん日本でも。ベートーヴェンファンは要チェックである。

さらにベートーヴェンという、今なお世界中どこでも愛される作曲家というのが、盛り上がりに拍車をかける。私は仕事柄、世界各国を訪問してきたが、欧米はもちろん、日本でも中国でも、どこの国・地域でもベートーヴェンは愛されている作曲家なのだ。

 実は、これ自体、結構珍しい話である。例えば、ワーグナーはヒトラーが愛した作曲家で、ナチスの党大会でもワーグナーの曲を流したりしていた。そのため戦後、イスラエルでは長らく演奏されることがない作曲家であった。近年は演奏を試みたケースもあったようだが、まだ「完全に解禁」といった雰囲気にはほど遠い。

 レスピーギもファシズムに関係する曲を書いたことが問題視され、戦後長い間、イタリアではあまり演奏されることがなかった。ようやく解禁となったのは、アメリカに渡ったイタリア人の指揮者トスカニーニが、アメリカで演奏会を開いたことがきっかけ。そこでレスピーギの良さが注目され、アメリカからイタリアにいわば“逆輸入”されて、レスピーギ解禁と相成った経緯がある。

 作曲家が、時の政権から依頼されて曲を書いたり、政権の思想に共感して曲を書く、というのは決して珍しい話ではない。その後、政治情勢が変われば、書いた曲も否定されてしまう、ということがしばしば起こるのだ。

 それに対して、ベートーヴェンは、世界的な名指揮者、チョン・ミョンフンが「歴史上、彼ほど素晴らしい音楽家はいない。人間としてあがく姿勢や自由への願いと闘争が、彼に特別な力を与えていた」と言っているように、「国籍」や「政治」を超えた、人類全体への愛を前面に打ち出した作曲家である。