林總先生の最新刊『50円のコスト削減と100円の値上げでは、どちらが儲かるか?』の刊行を記念して、シリーズ第1作『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』を特別公開。父の遺言により社長に就任した由紀は、会計力で会社を救えるのか?今回は第3章の前半をご紹介致します。

【前回までのあらすじ】
父の遺言により倒産寸前の服飾メーカー「ハンナ」の社長に就任した由紀。ところが、メインバンクからは資金協力を拒否され、1年経っても経営が改善しなければ融資を引きあげると言われる。由紀は、コンサルを依頼した安曇から「会計の本質」「損益計算書」「バランスシート」についての指南を受け、会社再建に徐々に前向きになっていく。

千駄木の寿司屋

 由紀は安曇の指示通りに不要資産をリストアップしたものの、その数が多いのに唖然とした。特に目立ったのは、使っていないミシンと裁断機だった。

 なかでも一番大きな問題は北海道工場だった。この工場は従業員に支払う給与さえも稼いでいないのだ。赤字を垂れ流しにしてまで稼働を続けた理由は、故郷北海道に対する源蔵の思い入れだった。しかし、継続させるわけにはいかないことは明らかだった。

 福利厚生用に購入したゴルフ場や宿泊会員権もすべて処分リストに載せた。1年以上動いていない材料や製品在庫もすべて処分対象にした。これらを現金に換えれば、北海道工場の従業員に退職金を支払っても、かなりの額を借入金の返済に回せるはずだ。リストラの効果が顕著に現れるに違いない。


  文京区の下町にある老舗の寿司屋が、今日の打ち合わせ場所だ。

「我慢しないで食べちゃいます」と言って、由紀は寿司を次々と食べた。

 安曇は熱燗を美味しそうに飲みながら、由紀を眺めていた。どうも、由紀の様子が変だ。

「私は確かに経理の素人ですけど、あんな見え透いたことを言わなくてもいいのに……」

 由紀の憤りは収まらない。話はこうである。

 経理部長の斉藤がやってきて、「今月は久しぶりに利益が出そうですが、支払資金が足りないので銀行借入をしたい」と言った。

 そこで「利益が出たのなら、資金繰りは良くなるのではありませんか?」と斉藤に尋ねると、唐突に「社長、もっと会計を勉強しなさい」と、あきれた顔で言われたというのだ。

「斉藤は私を子ども扱いしているのです」

 由紀は不愉快でたまらない。

「斉藤さんが言っていることも間違いではないね。以前に少しだけ触れたが、利益と現金の有無とは別物なのだ」